國松善次
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国松 善次(國松 善次、くにまつ よしつぐ、昭和13年(1938年)4月1日 ‐ )は、元地方公務員、平成期における日本の政治家。
滋賀県知事(第7代、任期:1998年7月20日 - 2006年7月19日)
[編集] 概要
- 滋賀県立草津高等学校、滋賀県立短期大学農業部卒業後、大阪府庁入庁。その後中央大学法学部通信課程を卒業し、1976年に滋賀県庁入庁。
- その後、教育委員会事務局文化部長、厚生部次長、健康福祉部長、総務部長を経て1998年より2006年まで滋賀県知事(2期)。98年の知事選では保守陣営が三分裂し、革新系候補も併せて四人が立候補する激しい選挙戦となったが、稲葉稔前知事の後継指名を受けた国松が初当選を果たした。中央官僚出身ではなく県庁職員出身の知事ということで期待されたが、結果として中央志向が強い知事であったという評価がなされている。任期中の主な功績には琵琶湖での外来魚リリース禁止の条例成立(2002年)や福祉制度の整備などがある。
- 3期目を目指して立候補した2006年7月2日に行なわれた滋賀県知事選挙の結果、新人の嘉田由紀子に敗れ、落選した。任期中たいした失政があったわけではなかったが、新幹線新駅建設問題が知事選の最大の争点としてクローズアップされ、新駅建設推進の姿勢への批判が高まり、落選につながったとされる。2006年7月19日退任。
- 2007年1月13日に鳥取県米子市の米子コンベンションセンターで開催された「Japan・sea福祉フォーラム7inとっとり」のシンポジウムでは障害者自立支援法の内容を批判した。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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カテゴリ: 滋賀県の政治家 | 都道府県知事・市町村長 | 1938年生