教育委員会
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教育委員会(きょういくいいんかい、英 Board of Education)は教育に関する事務をつかさどる行政委員会である。
本稿では特記しない限り日本の教育委員会制度について記述する。
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[編集] 概要
各都道府県、各市町村(特別区を含む)、地方公共団体の組合に置かれる。
教育委員会は、地方教育行政法で設置され、都道府県レベルと市町村レベルと2つの枠組みで存在する。委員の定数は、標準では5人とされているが各地方公共団体によって3人や6人の場合もある。委員は議会の承認により首長によって任命され、委員の互選により教育委員長が1人置かれている。教育委員会は合議により職務を遂行する。本来の教育委員会とはこの行政委員会であるが、実際の業務の処理のために、教育委員会事務局があり、これを教育委員会と呼ぶこともある(広義の教育委員会)。事務局には教育長が1人置かれていて教育長は教育委員も兼ねている。現在の教育委員会には予算権は無く、子どもの入学、教員採用から、学校(私立学校、高等専門学校、大学を除く)の管理運営の指導助言、命令監督などを行う他、社会教育、学術、文化などに関する事務を管理し、執行する。
近年は組織が形骸化が進み、父母等からの抗議や不祥事など問題が起きた場合による(教職員等の)身分保護のための苦情処理センターと化しているのが現状である。
[編集] 歴史
1948年(昭和23年)に設置された教育委員会制度は、教育行政の地方分権、民主化、自主性の確保の理念、とりわけ、教育の特質にかんがみた教育行政の安定性、中立性の確保という考え方の下に、教育委員会法によって創設された。地方自治体の長から独立した公選制・合議制の行政委員会で、予算・条例の原案送付権、小中学校の教職員の人事権を持ち合わせていた。
しかし、「教育委員選挙の低投票率、首長のライバルの教育委員への立候補・当選、教職員組合を動員した選挙活動」(文部科学省、2004)などにより、教育委員会は発足直後から廃止が主張される。
1956年(昭和31年)には、教育委員会に党派的対立が持ち込まれる弊害を解消するため、公選制の廃止と任命制の導入が行われ、教育長の任命承認制度の導入、一般行政との調和を図るため、教育委員会による予算案・条例案の送付権の廃止を盛り込んだ地方教育行政法が成立した。教育行政に対する首長の影響力が増したといえる。
その後、教育委員会制度について政策レベルで現在につながる改革論議が公になされたのは、臨時教育審議会だった。
1986年(昭和61年)に第2次答申「教育行財政改革の基本方向」において、教育委員会の現状を次のように厳しく言及した。
「近年の校内暴力、陰湿ないじめ、いわゆる問題教師など、一連の教育荒廃への各教育委員会の対応を見ると、各地域の教育行政に責任を持つ『合議制の執行機関』としての自覚と責任感、使命感、教育の地方分権の精神についての理解、主体性に欠け、二十一世紀への展望と改革への意欲が不足しているといわざるを得ないような状態の教育委員会が少なくないと思われる。」
こうした答申の背景には、専門職としての判断を盾に公教育の役割を重視する教育学者や現場教師、文部科学省の官僚ら教育専門職集団と、それを密室性や閉鎖性の維持、既得権益の確保と見て批判する経済界やマスコミ、保護者や子どもの姿を見ることができる。
その上で、改革の方向性として
- 教育委員の人選・研修
- 教育長の任期制・専任制(市町村)
- 苦情処理の責任体制の確立
- 適格性を欠く教員への対応
- 小規模市町村の事務処理体制のあり方
- 知事部局等との連携
について提言している。
しかし、臨教審の指摘には、問題の無いものも少なくない。例えば、校則などの管理主義や教職員による不祥事、学校事故、いじめ、校内暴力などの教育問題といわれる一群の現象は、各々その背景や問題の質は異なるはずで、それを教育委員会の形骸化だけに原因を求めて定式化されたパターンで解決を図ろうとするなど、実証性に乏しく、改革の方向性を考えるのにリアリティに欠ける。
翌年には、臨教審の流れを受けて教育委員会の活性化に関する調査研究協力者会議が発足し、教育委員会活性化方策が検討された。その内容は、
- 教育委員会の選任
- 教育長の選任(市町村教育長の専任化と教育長の任期制の導入)
- 教育委員会の運営
- 事務処理体制のあり方
- 地域住民の意向等の反映
- 首長部局との連携
等の項目について具体策が提案された。この会議は、臨教審には無い、3.教育委員会の運営や4.事務処理体制のあり方、5.地域住民の意向等の反映など、教育委員会の職務遂行上の実践的・日常的な運営について重点が移っている。市町村教育長の専任化と教育長の任期制の導入などの提案は、実現こそしなかったものの、地方教育行政の在り方に関する調査協力者会議や政府の地方分権推進委員会においても教育委員会の改革が検討された。
1996年(平成8年)からは、地方分権推進委員会において検討が進められた。5次に渡る勧告において、委員会は、国と地方との関係について、機関委任事務の廃止と必置規制や補助金等の個別事項についての見直しに言及した。教育委員会関係では、教育長の任命承認制度の廃止、文部大臣と都道府県教委・市町村教委との関係の見直し等の勧告が出され、地方分権推進計画が閣議決定された。
翌年の1997年(平成9年)には、21世紀に向けた地方教育行政の在り方に関する調査研究協力者会議が発足し、
- 学校と教育委員会の関係
- 国、都道府県、市町村の関係
- 地域住民と教育委員会・学校との関係
- 教育委員会の事務処理体制
- 地域コミュニティの育成と地域振興
の柱に沿って地方教育行政制度の見直しに当たっての論点を整理した。
中教審自体も1998年(平成10年)に「今後の地方教育行政の在り方について」答申を行い、2000年(平成12年)の地方分権一括推進法成立による地方教育行政法の一部改正では、
- 教育長の任命承認制度の廃止
- 指導等に関する規定の見直し
- 都道府県の基準設定の廃止
を行った。これにより、教育委員会の裁量で少人数学級の編成が可能になったり、教育長の選任は、首長が任命した教育委員の中から行うようになったりした。
- 教育委員の構成の多様化や保護者の参加
- 会議の公開の原則
などを報告し、2年後の2002年には法改正も実現している。このように、教育行政改革は、内閣が直属の諮問機関を設け、主導する形で改革の方向性を示し、それを受けて文科省・中教審が対症療法的に政策を検討する形で展開されている。
2006年7月、政府は、市町村の教育委員会に関する規制緩和で、文化・スポーツに関する事務などの権限を首長に移譲できる構造改革特区の設置をめざす方針を決め、「骨太の方針」(2006年「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」)を閣議決定した。方針は「教育委員会制度については、十分機能を果たしていない等の指摘を踏まえ、教育の政治的中立性の担保に留意しつつ、当面、市町村の教育委員会の権限(例えば、学校施設の整備・管理権限、文化・スポーツに関する事務の権限など)を首長へ移譲する特区の実験的な取組を進めるとともに、教育行政の仕組み、教育委員会制度について、抜本的な改革を行うこととし、早急に結論を得る。」とする。
しかしながら、北海道滝川市におけるいじめ自殺事件をめぐる教育委員会対応に対する世論の批判の高まりを受け、教育再生会議において、機能の強化を図ることが検討されている。
[編集] 教育委員会と事務局の組織
[編集] 教育委員会制度改革の動向
教育委員会制度は、以前からその形骸化が指摘され、活性化論と廃止・縮小論が展開されてきた。ここでは、その動向について述べる。
[編集] 経済界・首長からの廃止・解体論
教育委員会の廃止解体・縮小を真っ先に強く主張したのが、新自由主義経済改革を推進する社会経済生産性本部であった。同会は、1999年(平成11年)に、『教育改革に関する報告書―選択・責任・連帯の教育改革』を発表。その中で、小中学校と高校が市町村と都道府県という別レベルの教育委員会にゆだねられている意味が無いことや教育委員会が公選制でないために、文部行政の末端となっていること、更に、教育委員会の強大な権限と官僚的な組織が、学校の主体性の発揮を阻害していることなど、現行の教育委員会制度を厳しく批判し、社会教育・生涯学習部門の可能な限りの民間委託と学校教育に関する権限の校長への移管により、教育委員会の大幅な整理縮小を大胆に主張した。
さらに、全国のいわゆる改革派市長からは、後に記すように、教育委員会制度の廃止解体・縮小論が公然と強く打ち出された。地方六団体の一つである全国市長会は、2001年(平成13年)「学校教育と地域社会の連携強化に関する意見―分権型教育の推進と教育委員会の役割の見直し―」を出し、「文部科学省を頂点とする縦系列の中での地域の自主的な活動の弱さ、学校教育関係者以外との接触の希薄さに伴う閉鎖的な印象、市町村長との関係のあり方など」の問題を指摘した。そのうえで、検討課題としながらも、教育委員会の任意設置や市長と教育委員会の連携強化、首長と教育委員または教育長との日常的な意見交換を提言した。生涯教育分野に関しては、「縦割り型ではなく、多方面からの総合的な対応が望ましいこと、このような分野に関しては、教育の政治的中立性確保といった理由から特に教育委員会の所管とすべき強い事情があるとも考えられない」として市町村長の所管とすべきとしている。
実際、その2ヵ月後の2001年4月には、島根県出雲市において、首長部局の中に文化財、芸術文化、スポーツ、図書館などの社会教育・生涯学習分野を移管された。これにより、教育委員会事務局は、学校教育に特化される業務を担うこととなった。同様の動きは、愛知県高浜市、群馬県太田市など、他の市にも広がっている。いわば、教育委員会の解体ないし縮小は、事実上、進行しているといえる。
地方分権を推進する国からも、声が挙がる。地方分権改革推進会議は、2004年(平成16年)に、「各地域の実情に応じて地方公共団体の判断で教育委員会制度を採らないという選択肢を認めるべき」と教育委員会の必置規制の弾力化を求める意見書を提出している。同会議は、「生涯学習・社会教育行政の一元化、幼保担当部局の一元化の観点から、地方公共団体がこれらの担当部局を自由に選択・調整できるようにすることが必要」とも述べ、地方分権時代の到来に備えた地方教育制度の新たな基盤整備の重要性を訴えている。
(「地方公共団体の行財政改革の推進等行政体制の整備についての意見」―地方分権改革の一層の推進による自主・自立の地域社会をめざして―)
これを後押しする形で、「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2004」が閣議決定され、その中では、「地域の創意工夫を活かし、学校の自由度を高めるため、平成16年度内を目途に教育委員会の改革と合わせ、教育内容等に関する校長の権限強化と学校の外部評価の拡充に向けた方針を示す」ことが明示された。
今回の教育委員会制度改革議論の特徴は、戦後公選制から任命制に切り替わった時の改革と異なり、中立性・継続性・安定性という制度価値そのものを否定するのではなく、その機能の麻痺や形骸化を指摘しているところに特徴がある。 教育委員会自体の廃止といっても、それは、画一的な行政組織制度として教育委員会の廃止である。本来、改革の旗振り役と期待された教育委員会が、自ら改革の対象となるということにつながることも議論の特徴のひとつである。そこには、教育委員会は、廃止そのものが打ち出されることはないものの、その役割の解体・縮小が地方でも政府内でも検討され、さらには、一部が進行している状況にあるとみることができる。
しかし、こうした廃止・縮小論には問題点もある。
第一に、今後の教育行政の枠組みに関して十分な方向性が示されていないということがある。市町村長による運営を基本とするという点では共通しているものの、教育委員会の役割を学校教育に特化するのか、それとも制度そのものを廃止にするのかといった場合、議論が分かれる。選挙で選ばれた首長が教育行政運営を行えば、あとは住民や教育現場の声は聞く必要はないとなると、住民の行政参加の機会をかえって奪いかねない。
第二に、教育行政における国・都道府県・市町村の役割分担と構造上の問題がある。 たとえば、教職員の人事の柱となる都道府県費負担教職員制度をめぐっては、全国知事会が田中康夫長野県知事など一部の知事を除き義務教育費国庫負担金制度の一般財源化を主張し、中学校分の廃止を政府に提言したが、小規模市町村からは制度の維持を望む声も根強い。
国と都道府県、市町村の役割分担・財政分担がどうあるべきか、教育行政における地方分権のグランドデザインは、いまだ描けていない。加えて、構造上の問題とは、都道府県教育委員会が文部科学省の教育改革、市町村教育委員会の独自性の発揮に対し、教育改革の足かせになっているということである。
中井浩一は、「教育界全体にあっては、改革にもっとも熱心なのは文科省」で、「市町村教育委員会の独自性を押さえ込んでいるのは、都道府県教育委員会である」と指摘する。「その理由に挙げられるのが『全県一律』『教育の機会均等の原則』『地域格差をなくす』」というものである。
この指摘は、単純な中央集権批判とは一線を画すものである。
工夫の余地が無いあるいは独自性を発揮することができないという状態では、教育委員会が形骸化するのは避けきれない事態だったといえる。
同時に、教育委員会の会議が活性化しないことの一因は、首長にあることもまた事実である。教育委員の任免権は、首長にあるからである。首長の教育委員任命責任はどうなるのか、首長が教育行政に関わることが果たして活性化につながるのか、この点に対し、それを立証するだけの根拠やビジョンを示すことが首長には求められるとされる。
[編集] 行政学者の教育委員会制度廃止・縮小論
行政学者からも、教育委員会制度廃止解体・縮小論が挙がる。伊藤正次は、『岩波講座 自治体の構想 機構』において、今後の教育行政改革のあり方について、①教育委員会活性化モデル、さらに、一般行政の中における②総合行政モデル、③保護者の学校選択制を基盤とした市場・選択モデルの3つのガバナンス・モデルにタイプ化し、教育行政の一般総合行政への統合に言及した。
第一の教育委員会活性化モデルとは「従来の文部省統制の緩和を目指しつつも、制度の根幹には改革の手を加えず、むしろ、教育委員会の専門性を高め、自治体内部における教育委員会のプレゼンスを拡大することを指向」する。後述するように教育行政職・教職関係者を重用することで教育委員会の専門性を高めようとするもので、文部省のみならず教育学界や教職員関係者からも支持を得ている。
第二の一般総合行政モデルは、教育委員会が首長から相対的独立性を有している点を問題視し、「教育行政を直接公選の首長の下に置」き、「教育委員会を廃止して首長の補助機構としての部局に再編化する」ことである。文化・社会教育行政、学校教育行政の所管を自治体の自主性にゆだねることにより、自治体住民の代表である首長が「住民のニーズに沿って総合的な教育施策を展開する」ことを意図している。
第三の市場・選択モデルは「教育行政機構自体の徹底的な分権化を指向する」。このモデルは「学校に組織としての自律性を与え、同時に、親・子どもに学校を選択する権利を付与することで、公教育の供給をめぐる競争市場を創出することを提唱する」。市場・選択モデルは、「文部省統制と画一的学校管理からの脱却を目指して公教育に市場原理を導入するとともに、教育委員会から各公立学校に大幅な権限委譲を行い、教育委員会の機能を縮小ないし停止させる構想」である。
伊藤はこうして3つのガバナンス・モデルを提示した上で、「教育委員会活性化モデルが、実際に教育委員会の活性化をもたらすかどうか」疑問を呈した。「教育委員兼任教育長が現状以上に主導権を握り、委員会審議がさらに形骸化する可能性があるなど、教育委員会の活性化をめざした改革が、教育委員会のさらなる形骸化を招く可能性がある」からとする。伊藤は、「都道府県・政令市から小規模町村まで一律に教育委員会が設置され、教育行政ネットワークが全国大に張り巡らされてきたこと」によって「文部科学省を頂点とする中央集権的な指導助言のネットワークが、首長、議会あるいは住民の意思から遊離していく危険性」を指摘する。地方教育行政法の廃止と地方自治法の改正による教育委員会の必置規制の廃止、教育委員会必置規制の廃止、自治体が自らの判断で教育ガバナンスの形態を選択できるよう教育ガバナンスの多様化を主張している。
[編集] 教育界における教育委員会活性化論
これに対し、教育委員会制度活性化論とは、教育委員会における議論が形骸化ないしは活性化しない現状を問題視する点では、教育委員会廃止・縮小論と一致するものの、これを改善し、活性化することによって、教育委員会の利用・存続は可能とする考え方である。教育関係団体をはじめ、教育法学者、教育行政学者から多く出されるものであり、その活性化策には、次のようなものがある。
[編集] (1)公選制の復活
教育委員会活性化のための方策として第一に主張されるのが、公選制教育委員会の復活である。教育委員会に公選制を導入することにより、民主制と自主性を確保し、教育委員会の統制機能を高めていくことをねらいとするものである。 しかし、実際には、公選制教育委員会の実現には、乗り越えなければならないハードルも多い。
第一は、文部科学省の説明を借りれば、現行の政治的中立性や安定性をどのようにして確保していくのかが問題である。 過去、教育委員会が公選制から任命制に切り替わったのは、(1)選挙が実質的に政党を基盤にして行われ、それが教育委員会の運営に持ち込まれたこと、(2)大きな資金を持った者や強力な支持母体を持った者が当選しやすかったこと、(3)大きな組織力を利用して教育委員を送り込み、教育行政をコントロールしようとする傾向があったことが原因であった。こうした行政運営上のリスクをどう捉え、回避していくかが公選制導入のネックになっている。
第二に、公選制教育委員会制度が実際に機能し、教育委員会の活性化に本当に結びつくのかどうかという課題がある。 加治佐哲也は「都道府県および市町村教委の全国調査によれば、教育委員の就任意欲は全体的に極端に低く、」公選制になったからといって、教育委員になりたい人が劇的に増えることは無いと指摘する。
教育長主導の運営のままで、公選制が導入されても、住民の意識が高まるとは考えにくく、選挙を実施しても、低投票率に終わってしまう可能性も高いとされる。過去、公選制教育委員会制度の下で行われた3回の選挙も総じて投票率が低い。東京都中野区の準公選制による選挙も実施当初こそ、投票率が高かったものの、次第に低下傾向をたどり、1995年には廃止された経緯がある。最も懸念されるのが、立候補者が現れないという事態であり、公選制を導入することが教育委員会制度の空洞化を招くばかりか、教育行政に無用な停滞を招くことになりかねない。
第三に、公選制教育委員会は、住民の代表者性という点では優れているものの、教育・教育行政に対し、識見のある人、あるいは、住民統制の理念を理解し、求められる職責を十分に果たすことができる人が、必ずしも教育委員になるとは限らない。今日の複雑で高度な(教育)行政や学校教育の状況を住民の目線に立ちながら、監視していくためには、ある程度教育に関する見識を持った人物が必要であるといった指摘もある。
そのため、教育委員の選出方法については、公選よりも公募・推薦が妥当ではないかと考えられる。
[編集] (2)教育長の資格化と教育委員の研修の充実
教育委員会活性化方策として挙げられるもう一つの政策が、教育長の教育職員免許状の設立と教育委員の研修の充実である。教育長を教育行政専門職として位置づけ、大学で養成することにより、教育の独立性の確保を狙いとする。
教育長の教育職員免許状の設立(以下、教育長の資格化と言う)は、校長・指導主事の免許状の設立とともに検討されている。黒崎勲は、教育長の資格化は、「首長に改革を委ねられる教育長の側には専門職としての倫理から、単に首長に従属するのではない独自の立場と責任が生じる」と述べる。その上で、黒崎は、教育長と教育委員、首長と教育委員会、首長と教育長との間にそれぞれチェック・アンド・バランスが働き、結果的に教育の政治的中立性と継続性・安定性を保証することになるとその意義を強調する。
教育委員の研修に関しては、臨教審第二次答申で既に言及されている。そこでは、「教育委員が教育行政の運営に関しては、適切な判断・決定を行うためには、現行制度の理念、当面する教育・教育行政の諸課題についての深い理解と当事者としての自覚が必要であり、そのために教育委員の研修を改善・充実する必要がある」とある。答申を受けて各教育委員会では、教育委員の研修に力を入れ、教育委員による教育と教育行政の統制という役割を高めようとしている。
しかし、住民代表として地域教育行政全体を監視・コントロールする立場にある教育委員が、教育長や事務局から「与えられる」研修をこなすのは、本末転倒であり、こうした研修は、本来、教育委員自らが企画立案していくべきであろう。ただ、実際のところ、教育委員自らが研修を企画立案することは、予算措置もとられていないため、不可能とみる関係者もいる。
もっとも、それ以前の問題として、教育行政職の専門性そのものの存在を疑問視する声もある。教育管理職の大学院での養成が現在、検討されているが、手探り状態というのが現実であり、道のりは険しいといわざるを得ない。
[編集] (3)都道府県教育委員会と市町村教育委員会の役割分担の明確化
教育委員会活性化のための方策として第三に、検討されるのが、都道府県教育委員会と市町村教育委員会の役割分担の明確化である。これは、「都道府県教育委員会の役割を教育のさまざまな基準設定や条件整備といった狭義の教育行政に特化させ、幼稚園から高校および社会教育施設などの教育機関の管理・運営といったいわゆる教育経営を市町村教委に任せるというもの」(本多正人)である。
これは、アメリカの州教育当局と公立学区教育委員会との関係を想定したものである。この役割分担は、資源の優位性や私立学校法人に関する許認可権などをめぐる問題が改善され、市町村教育委員会が中等教育の完成まで責任を担うことで、教育委員にその責任を自覚させるという意識改革を促すことができるとする。
ただ、これが教育委員会の活性化にすぐに結びつくかは不透明であり、都道府県教育委員会の存在意義が問われることに変わりはない。すでに政令指定都市の中には、かなりの数の市立高校を抱え、教員人事や予算について一定の権限を有している教育委員会があるが、会議における議論がそれほど活発に行われているという事実は存在しないからである。
[編集] (4)政策領域(職務領域)ごとの常設の専門委員会の設置
政策領域(職務領域)ごとの常設の専門委員会の設置は、「教育委員会が教育課程、教育経営などの主要な政策領域(職務領 域)ごとに専門委員会を設置し、委員がその主要なメンバー(議長など)として参加する制度」(加治佐)である。
委員会は、個別の政策立案はもとより、教育長・事務局の政策および行動を監視することを役割とする。教育委員と教育長・事務局の協働を念頭に置き、教育委員会の活性化につながる可能性もあり、注目されるところだが、教育委員の数が限られているため、別に行政監視・行政統制を行うスタッフがいた方がよいだろう。教育委員が職員たちの中で孤立するのを防ぐためである。さらに、こうした改革には、委員の常勤化が必要とされる。
[編集] (5)教職員人事や財源(予算)に関する権限の市町村教育委員会への移譲
(3)の役割分担論とも関連するが、教職員人事や財源(予算)に関する権限を都道府県(教育委員会)から市町村(教育委員会)に移譲することによって、教育行政がより住民に近いところで遂行されようにし、学校や子どもに見合った教育を保障していくというのがこの主張である。
既に、中教審は、2004年5月に義務教育費にかかる経費の負担の在り方について中間報告を出し、市町村の権限と責任の拡大を検討している。具体的には、県費負担教職員制度の見直しと教職員給与負担と学級編成・教職員定数に係る権限の政令指定都市への移譲、市町村費負担教職員制度の全国化を認め、拡大する方向である。しかし、地方自治体関係者からは、不十分だという声がある一方、教育社会学者などからは、地域格差の拡大や教職員人事の停滞を懸念する声が挙がっている。
[編集] (6)学校へのサポート体制の強化
学校教育との関係においてサポート体制の強化を求める声は多い。学校が必要とする情報の提供、予算や人事についての柔軟な行政措置、学校に対する専門家チームの設置など、さまざまな提言がなされている。こうしたサポート体制の強化に異論は無いが、合議制・任命制の教育委員会でなければできないことなのか、疑問な点もあり、教育委員会の存在意義を立証する十分な説得力をもたないとする指摘もある。
[編集] (7)政策評価システムの導入
教育長・事務局の評価の制度化については、以前から導入が検討されているが、実現しない。一般行政とは異なる評価システムが確立できていないということもあるようだが、それよりも教育関係者全体の意識の問題が大きいようだ。評価制度を導入するには、住民だけでなく教育現場の声にも耳を傾ける必要があり、実現すれば、効果も大きい。
教育委員会を活性化するために必要なものであることは間違いないが、教育委員会の存廃に関わらず、評価システムを構築することは必要である。住民に対する説明責任のあり方は、今日すべての行政分野に問われているからである。 そのほかに、首長のイニシアティブの定式化(=教育長の選任、教育予算案の決定および教育委員会への勧告)、教育委員会の適正規模の検討など、数多くの活性化策が出ている。
しかし、こうした方法は、篠原清昭の指摘するように、「条件づけもしくは動機づけ」であって、活性化に何より求められるのは、教育委員の委員としての就任意欲、そして自覚と使命感、責任感ではないかとされる。 教育委員会の廃止・縮小を主張する側からすれば、文部科学省における度重なる議論にもかかわらず、教育委員会の議論が活性化しないというのでは、不満が出ないほうがおかしいと言うべきなのだろう。 首長から教育委員会の廃止あるいは縮小という意見が出るのは、地方分権一括推進法の成立による地方への権限の移譲、三位一体の改革の実施による財源の移譲という一連の地方分権の流れがある。従来、地方自治の象徴といわれた教育委員会が、全国の都道府県および市町村に一律に設置されていることに加え、委員会審議の形骸化を根拠に、他の一般行政との比較で浮いた存在となるばかりか、中央集権的国家体制の遺産に取って代わり、逆に首長による独自政策を妨害するということにあるとされる。
かつて票にならないといわれた教育行政サービスに対し、住民が大きな関心を持ち始めたのも事実である。生涯学習社会への移行は、住民にとってまちづくりと教育改革、文化・体育の振興を一体のものとしてとらえ、運営することを望んでいるとするという首長の声は大きくなっているのが現状である。
その意味で、教育委員会制度は、そのものが変化したというよりは、教育委員会を取り巻く環境が劇的に変わったと言う方が正しい。教育委員会の形骸化は既に進行していたが、それは許されない状況に変わったと言える。
[編集] 関連項目
各地の教育委員会はカテゴリー「日本の教育行政」を参照
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