政略結婚
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政略結婚(せいりゃくけっこん)とは、政治上の駆け引きを目的とした結婚を指す。行われる主な理由は、下記の通りになる。
日本の戦国時代においては、織田信長の妹であるお市の方(浅井長政へ)など、広く行われていた。時には10歳に満たない者が、嫁に出されることさえあった。江戸幕府では、これにより大名同士の結束が強まることを恐れたため、武家諸法度で大名同士の結婚には幕府の許可を要するようにするなど、強く規制した。
元王朝は自らが征服した朝鮮半島の高麗王朝に対し、直系長男にモンゴル人女性と結婚することを義務付けた。代を重ねるごとにモンゴル人の血が濃くなるため、高麗王室独自のアイデンティティーを喪失することを目論んでのものであった。
- 地位を得ることを目的としたもの
奈良時代から平安時代にかけての藤原氏などが、好んで用いた手段である。
天皇家は男系であるため、娘を皇太子と結婚させ、娘が産んだ男の子を天皇にすることにより、天皇の祖父となり、政府高官を独占した。
[編集] 現在の「政略結婚」
- 会社や旧家の存続のため、有能な社員と経営者の子女と結婚させること
- 戦国時代の「政略結婚」とは異なり、一応「お見合い」という形ではあるが比喩的にそう呼ばれることが多い