束論
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lattice 以外の意味で用いられる束については束 (数学)を参照。あるいは束以外の意味の lattice については格子を参照。
数学において、束論(そくろん)とは束 (lattice) に関する理論のことである。
目次 |
[編集] 束の定義
[編集] 順序構造としての定義
束(そく)とは、半順序集合 (L, ≤) であって、L のどの二元 x, y に対しても L の部分集合 {x, y} の順序 ≤ に関する下限 inf{x, y} と上限 sup{x, y} が存在するもののことである。
あるいは次のように代数的構造として定義することもできる。
[編集] 代数的定義
集合 L に二つの二項演算 ∧、∨ が定義され、それが次の法則に従うとき、三つ組み (L, ∧, ∨) は(または単に L は) 束であると言い、 ∧ と ∨ とを交わり (meet) と結び (join) とよぶ。 ただし、冪等律は他の三法則から導かれるので除いてもよい。 なお、「二項演算」は「二項算法」ということもある。
- 冪等律:x ∧ x = x ∨ x = x 、
- 交換律:x ∧ y = y ∧ x, x ∨ y = y ∨ x 、
- 結合律:(x ∧ y)∧ z = x ∧(y ∧ z) 、 (x ∨ y)∨ z = x ∨(y ∨ z) 、
- 吸収律:(x ∧ y)∨ x = x 、(x ∨ y)∧ x = x 。
二つの定義は同値である。 実際、先のように半順序 ≤ によって定義された束において {x, y} の下限と上限とを x ∧ y と x ∨ y とで表せば、これらは上の法則に従う。 逆に、この法則に従う二項演算 ∧, ∨ の定義された集合 L において、y ∧ x = x であることを(あるいは x ∨ y = y であることを) x ≤ y であらわせば、関係 ≤ は L の順序であり、L の任意の二元 x, y に対し、x ∧ y と x ∨ y とは、この順序に関する{x, y}の下限と上限となる。
[編集] 例
- 全順序集合は束である。
- 任意の集合 S に対して、そのべき集合 P(S) を集合の包含関係によって順序集合と見做すと、 A, B ∈ P(S) に対し、A ∩ B と A ∪ B とが {A, B} の下限と上限となるので、この順序集合は束となる。
- 上の例で特に S として唯一つの元からなる集合をとれば、P(S) は S 自身と空集合とから成る。これらを 1 と 0 とで表し ∩ と ∪ とを ∧ と ∨ とに書き換えれば、1 ∧ 1 = 1, 1 ∧ 0 = 0 ∧ 1 = 0 ∧ 0 = 0, 1 ∨ 1 = 1 ∨ 0 = 0 ∨ 1 = 1, 0 ∨ 0 = 0 が成り立つ。従って逆に、集合 T = {1, 0} 上の二項演算 ∧ と ∨ をこれらの式によって定義すれば、T は束である。
[編集] 束に関する諸概念
[編集] 分配束
次の二法則に従う束を分配束という。
- 分配律 1: (x ∨ y)∧ z = (x ∧ z)∨(y ∧ z)
- 分配律 2: (x ∧ y)∨ z = (x ∨ z)∧(y ∨ z)
先に挙げた例はいずれも分配束である。
実は、分配律 1 と分配律 2 とは、一方から他方が導き出されるので、どちらか一方は除いてもいい。 また、これら分配律は次のいずれの法則とも同等である。
- (x ∨ y)∧ z ≤ (x ∧ z)∨ y 。
- x ∧(y ∨ z) ≤ (x ∧ y)∨ z 。
- x ∧ z ≤ w, y ∧ z ≤ w なら (x ∨ y)∧ z ≤ w 。
- x ∨ z ≥ w, y ∨ z ≥ w なら (x ∧ y)∨ z ≥ w 。
- x ≤ v ∨ z, v ∧ y ≤ w なら x ∧ y ≤ w ∨ z 。
[編集] ブール束
最大元 1 と最小元 0 とをもつ分配束において、さらに各元 x に対して x ∧ ¬x = 0, x ∨ ¬x = 1 をみたす元 ¬x が存在するとき、この束はブール束(ブール代数)であるといい、¬x を x の補元とよぶ。 補元は唯一つに定まる。
先に挙げた例では、P(S) と T とはブール束である。 全順序集合は、元の個数が二個以下のときに限ってブール束となる。
[編集] モデュラー束
次の法則に従う束をモデュラー束という。
- モデュラー律: x ≤ z なら任意の y に対して x ∨(y ∧ z) = (x ∨ y)∧ z 。
分配束はモデュラー束である。 また、群の正規部分群の全体が包含関係に関して作る順序集合もモデュラー束であって、このことは群の組成列の長さや組成因子の同形類が一意的に定まることの根拠になっている。
[編集] 完備束
分配束・ブール束・モデュラー束の概念と同様、完備束の概念も束より強い概念であるが、これは代数学的には述べ難い。順序集合 (L, ≤) において、L の空でない任意の部分集合に順序 ≤ に関する上限と下限が存在するとき、この順序集合は完備束であるという。
完備束は束であるが、束は必ずしも完備束ではない。 先に挙げた P(S) と T は完備束である。 有限束も完備束である。 代数系の部分代数系(例えば線形空間の部分空間)の全体は、包含関係に関して完備束である。 有理数全体の集合は、数の大小関係について全順序集合なので束であるが、完備束ではない。 実数の任意の有界閉区間は数の大小関係について完備束である(Weierstrass の定理)。 このことは、実数全体の集合が通常の距離に関して完備距離空間であること(+アルキメデスの原理)と同等である(Cauchy の定理+X)ので、微分積分学の基礎を成す事実となっている。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- Birkhoff, G., Lattice Theory, 1973 (3rd ed.), Amer. Math. Soc.: Providence, RI, ISBN 0821810251 (pbk).
- Davey, B.A. and Priestley, H.A., Introduction to Lattices and Order, 2002 (2nd ed.), Cambridge Univ. Pr., ISBN 0521784514 (pbk).
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