松平信璋
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松平 信璋(まつだいら のぶあき、文政10年8月9日(1827年9月29日) - 嘉永2年7月27日(1849年9月13日))は、江戸時代後期の三河吉田藩主。
旗本松平信敏の子、母は土岐朝旨の女。正室は松平信順の娘。子に娘(大河内信古室)。名ははじめ信時。官位は従五位下、伊豆守を称する。
松平信宝に実子がなかったため、養子として迎えられた。
[編集] 経歴
- 天保15年(1844年)12月29日、家督を相続。
- 天保15年(1844年)11月20日、松平信宝の養子となり、11月22日に信璋と改名。
- 弘化元年(1844年)12月29日、遺領7万石を継ぐ。
- 弘化3年(1846年)12月16日、従五位下伊豆守に叙任。
- 嘉永2年(1849年)7月27日、死去。表向きには9月24日卒とする。
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