湯川英一
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湯川 英一(ゆかわ ひでかず、1943年5月16日 - )は日本の実業家。株式会社クオカード、ビジネスエクステンション株式会社代表取締役会長。株式会社セガ元専務執行役員。株式会社CSK(現CSKホールディングス)元取締役。一般的には、湯川専務、湯川元専務で知られている。大阪府出身。桃山学院大学経済学部卒業。
[編集] 人物
大学在学中に、アルバイト先で大川功に出会い、その人柄に惚れて、1968年に大川がコンピューター・サービス(のちのCSK)を設立すると入社。CSKにとっては第一号社員であった。セガがCSK傘下となり、大川がセガ社長に就任すると同時にセガに出向した。1998年専務取締役・コンシューマ事業統括本部副統括本部長に就任。「セガなんてだっせ~よな」「プレステのほうが面白いよな」というフレーズを使ったセガの自虐的なCMに現役専務として出演し、一時期世間で一番知られている専務として注目された。自虐CMの仕掛け人は秋元康である。湯川はこれが初めてのCM出演ではなく、以前にロボピッチャやテレビおえかきのCMに出演していた。
ちなみにメガネはCM出演の際のキャラクター作りのダテメガネであり、実生活ではかけていない。また大阪出身のために普段は関西弁で、CM出演で標準語を話すのに苦労をしていた。このCMでは滝沢秀明とも共演を果たした。なお、セガの自虐CMはソニーの商標であるプレステという言葉を用いる際に、ソニーから許諾を得ている(「セガサターンなんていらねぇよ、帰ってプレステやろう」の部分)。
出演したCMが第38回ACC全日本CMフェスティバルの最優秀テレビCM賞を受賞する。湯川専務のパッケージをつける等をしてドリームキャストを売り出す際も表になって宣伝広告を行った。CM出演に絡めて湯川専務ストラップやドリームキャストCFソングの音楽CDも発売している(その中にドリームキャストを「今世紀(20世紀)最高のマシーンです!」という台詞があるが、20世紀最高のゲームマシーンの座もプレイステーション2に奪われてしまった)。湯川専務の宣伝効果もあってか発売日にはドリームキャストが売り切れるほどだった。
しかし、ドリームキャストの製造トラブルのために出荷台数が予定数を大きく下回り、常務への人事異動となった。だが、製造トラブルは生産・出荷担当者の責任であり、流通・ソフト業界担当であった湯川にはあまり関係がなかった。湯川が煽りを受けた形になったのは、セガの顔であった湯川専務の人事異動による話題作りであったと思われる。
降格後もCM出演時の湯川専務の印象が強く、「湯川元専務」と呼ばれるようになる。降格人事後、CM出演はなくなったがセガの役員として職務に尽力する。1999年にゲームソフト『湯川元専務のお宝さがし』がセガから発売された。
その後、CSK取締役を経て日本カードセンター(現クオカード)などCSKグループの他会社に移籍し、クオカードとビジネスエクステンションでは社長に就く。2004年クオカードの会長に就任。また、ビジネスエクステンションの会長も兼任している。一時はべリザーブの取締役も兼任していた。
アーケードゲーム『セガ四人打ち麻雀MJ』『セガネットワーク対戦麻雀MJ2』『セガネットワーク対戦麻雀MJ3』にCPUプレイヤー「湯川元専務」として登場(写真のみ)、ドリームキャストCMを思い出させるチャットメッセージを対局中に送信することがある。これは『セガ四人打ち麻雀MJ』がNAOMI基板で動作していたため、お遊びで登場させられたものと思われる。