片山伸次
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片山 伸次(かたやま しんじ 1979年9月6日-)は、静岡県焼津市出身で阿武松部屋所属の現役大相撲力士。身長179cm、体重140kg。本名は同じ。得意は押し相撲である。最高位は西前頭13枚目(2005年7月場所)。穏やかな性格。趣味は映画鑑賞。愛称は「四股の片山」。
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[編集] 来歴
小学4年のころに相撲クラブに入り、小学6年で全国大会に出場する。中学、焼津水産高、専修大学でも相撲を続け、全日本相撲選手権大会では3位に入賞した。この成績ならかつては幕下付出デビューも可能だったが、2001年の規程改正で幕下付出は優勝が条件となり、惜しくも幕下付出デビューは果たせなかった。しかし、将来も相撲を続けたかったため前相撲からの入門を決意した。
初土俵は2002年3月場所。以後は順調に昇進。学生時代のライバルで同期で幕下15枚目格デビューをした朝陽丸に先んじて、2004年7月場所で新十両、2005年5月場所で新入幕を果たす。阿武松部屋および専修大学卒業者(武双山は専大中退)では初の幕内力士である。
仕切りの際に脚をまっすぐ上げる美しい四股に定評があり、観客の注目を浴びている。しかし、相撲は四股とは裏腹に硬く、なかなか幕内に定着できずにおり、幕内での勝ち越しは新入幕の場所のみに留まる。2005年9月場所に十両に陥落し、その場所は勝ち越してすぐに幕内に戻ったものの、2006年1月場所は西前頭16枚目で6勝9敗と負け越し、一場所での十両陥落が決定した。3月場所は9勝6敗と勝ち越し、幕内復帰を決めたが5月場所は東前頭14枚目で5勝10敗で、再び一場所で十両に陥落となった。7月場所では今回も一場所で十両を脱出できると思いきや、西の十両筆頭で6勝9敗に終わり復帰に失敗したが、9月場所では西十両3枚目で8勝7敗という成績ながら幸運な幕内復帰を果たした。ところが11月場所は幕尻の西前頭15枚目で6勝9敗に終わり、この年三度目の十両陥落となった。最近はこのように幕内下位と十両上位を往復する生活が続いている。
十両昇進を確定的にした2004年5月場所、「十両に昇進したら地元にちなんだ四股名にしたい」と話すも翌場所は改名せず、勝ち越したら改名と宣言。同場所で勝ち越しを果たし、改名すると思われた翌9月場所も改名はなく、「入幕したら改名」とまたもや改名を持ち越した。しかし新入幕を果たした2005年5月場所、四股名を改めることはなかった。現在、未だ四股名は本名のままである。
[編集] エピソード
- プロ野球・千葉ロッテマリーンズのファンである。
- 潮丸(静岡市葵区出身)とともに静岡県出身の力士で、日刊スポーツ新聞社の静岡版記事では並んで取り上げられる事が多い。なお、両者の対戦は相撲界の静岡ダービーと紹介される事もある。
[編集] 幕内での場所別成績
場所 | 地位 | 勝数 | 敗数 | 休場 | その他 |
---|---|---|---|---|---|
平成17年(2005年)5月 | 西前頭16枚目 | 8 | 7 | 0 | - |
平成17年(2005年)7月 | 西前頭13枚目 | 4 | 11 | 0 | - |
平成17年(2005年)11月 | 東前頭16枚目 | 7 | 8 | 0 | - |
平成18年(2006年)1月 | 西前頭16枚目 | 6 | 9 | 0 | - |
平成18年(2006年)5月 | 東前頭14枚目 | 5 | 10 | 0 | - |
平成18年(2006年)11月 | 西前頭15枚目 | 6 | 9 | 0 | - |
通算 | 36 | 54 | 0 | - |
[編集] 主な成績
2007年3月場所終了現在
- 通算成績:183勝163敗(30場所)
- 幕内成績:36勝54敗
- 幕内在位:6場所
[編集] 各段優勝
- 序ノ口優勝:1回
[編集] 改名歴
- 片山 伸次(かたやま しんじ)2002年3月場所-