認知療法
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認知療法(Cognitive Therapy)とは、アーロン・ベック(認知療法、もしくは認知行動療法)やアルバート・エリス(論理情動行動療法)やドナルド・マイケンバウム(自己教示訓練)によって、それぞれ独立に始められた心理療法の総称である。
ベックとエリスは、それぞれ精神分析学を学んだ精神科医と心理学者であり、マイケンバウムは行動療法を行っていた心理学者である。彼等の共通点は、外的な出来事が感情や身体反応を直接引き起こすのではなく、そうした出来事をどのように認知するかによって身体反応や感情、行動が異なってくるとし、精神疾患やそれに対する心理療法における「認知」の役割を重視した点にある。
目次 |
[編集] 認知とは
認知療法における認知とはたいていの場合「言語化された思考」を指す。これは認知心理学の認知と必ずしも一致しない臨床上の緩やかな概念である。本稿では便宜的に単に認知と書いた場合、認知療法としての認知を指すこととする。
人間は世界のありのままを観ているのではなく、その一部を抽出し、解釈し、帰属させているなど「認知」しているのであって、その認知には必ず個人差があり、客観的な世界そのものとは異なっている。それゆえ、誤解や思い込み、拡大解釈を含んだ結果、自らに不都合な認知をしてしまい、結果として様々な嫌な気分(怒り、悲しみ、混乱、抑うつ)が生じてくると仮定している。この不都合な認知⇒気分の流れを紙などに書いて把握すること、また、それらに別の観点を見つけるべく紙に書いて修正を試みる事が認知療法の根幹である。そのために根拠を問うたり、ステレオタイプな認知を歪みと命名したりする。
[編集] 認知療法
認知療法では認知の歪みに対し、反証や多面的解釈を生み出す手助けをする。このように自らが認知を修正することによって、身体反応が軽減したり、苦しみの少ない方向に情動が変化したり、より建設的な方向に行動出来るようになったりするとの仮説がある。
認知療法には、クライエントの「認知」に働きかける数多くの技法が存在する。ネガティブな思考の記録(いわゆるコラム法)、思考の証拠さがし、責任帰属の見直し、損得比較表(元々、フランクリンの表と呼ばれるもの)、認知的歪みの同定、誇張的表現や逆説の利用、症状や苦痛の程度についてスケール(尺度)で表現、イメージの置き換え、認知的リハーサル、自己教示法、思考中断法、気晴らしの利用、直接的な論争……。他にも、活動スケジュールを記録する等、行動療法で使われてきた多くの技法についてもベックもエリスも当初から積極的に自らの療法に取り入れていった。
[編集] 治療
治療は一般的に医師や心理カウンセラーのもとで行われるが、最近では、認知療法を対話形式で行うことができる書籍も出版されている。 書籍やメディアでもてはやされるほどには、治療者がいないのが現状である
[編集] 症例に対する効果
モデルベースに代わって台頭しつつあるエビデンスベースな治療戦略によれば、認知療法としては初期~中期のうつ病に有効である。認知行動療法としては、PTSD、強迫性障害、子供や青年期のうつ病には有効である。過食症には(それに特化した認知行動療法は)おそらく有効である(通常の認知行動療法は効果不明)。全般性不安障害にはおそらく有効である。自傷企図に対しては(フォーマットを変えた認知行動療法は)効果不明である。統合失調症、不眠症には効果不明である。パニック障害には有効である。
[編集] 関連書籍
[編集] 訳書
- フリーマンA.(著) 遊佐安一郎(監訳) 1989 認知療法入門 東京:星和書店
- (Freeman, A. () The practice of cognitive therapy.)
- ベックA.T.(著) 大野裕(訳) 1990 認知療法:精神療法の新しい発展 東京:岩崎学術出版社
- (Beck, A. T. (1976) Cognitive therapy and the emotional disorders. New York : Meridian)
- シューラーD. (著) 高橋祥友(訳) 1991 シューラーの認知療法入門 東京:金剛出版
- (Schuyler, D. (1991) A practical guide to cognitive therapy.)
- ベックA.T.・ラッシュA.J.・ショウーB.F.・エメリィーG. (共著) 坂野雄二(監訳) 神村栄一・清水里美・前田基成 (共訳) 1992 うつ病の認知療法東京:岩崎学術出版社
- (Beck, A. T., Rush, A. J., Shaw, B. F., & Emery, G. (1979) Cognitive therapy of depression. New York : Guilford Press)
- パーソンズJ.B. (著) 大野裕(監訳) 1993 実践的認知療法:事例定式化アプローチ 東京:金剛出版
- (Persons, J. B. (1989) Cognitive therapy in practice: A case formulation approach. New York : Norton)
- フリーマンA.・プレッツァーJ.・フレミングB.・サイモンK.M. (共著) 高橋祥友(訳) 1993 認知療法臨床ハンドブック 東京:金剛出版
- (Freeman, A., Pretzer, J., Fleming, B. & Simon, K. M. (1990) Clinical applications of cognitive therapy. New York : Plenum Press)
- ネズA.M・ネズC.M.・ペリM.G. (共著) 高山巌(監訳) 佐藤正二・前田健一・佐藤容子・相川充・志村正子(訳) 1993 うつ病の問題解決療法 東京:岩崎学術出版社
- (Nezu, A. M., Nezu, C. M. & Perri, M. G. (1989) Problem-solving therapy for depression: theory, research, and clinical guidelines. New York : Wiley)
- バターJ. (著) 勝田吉彰(訳) 1993 不安、ときどき認知療法 のち心は晴れ:不安や対人恐怖を克服するための練習帳 東京:星和書店
- (Butler, G. () Managing social anxiety.)
- ベックA.T.・フリーマンA. (共著) 井上和臣(監訳) 岩重達也・南川節子・河瀬雅紀 (共訳) 1997 人格障害の認知療法 東京:岩崎学術出版社
- (Beck, A. T., Freeman, A. & Associates. (1990) Cognitive therapy of personality disorders. New York : Guilford Press)
- バーンズD.D. (著) 奈良元寿(監訳) 2001 自分を愛する10日間プログラム:認知療法ワークブック 東京:ダイヤモンド社
- (Burns, D. D. (1999) Ten days to self-esteem.)
- グリーンバーガーD.・パデスキーC.A.(著) 大野裕(監訳) 岩坂彰(訳) 2001 うつと不安の認知療法練習帳 大阪:創元社
- (Greenberger, D. & Padesky, C. A. () Mind over mood: Change how you feel by changing the way you think.)
- グリーンバーガーD.・パデスキーC.A.(著) 大野裕(監訳) 岩坂彰(訳) 2002 うつと不安の認知療法練習帳ガイドブック 大阪:創元社
- (Greenberger, D. & Padesky, C. A. () Clinician's guide to mind over mood.)
- ベックJ.S. (著) 伊藤絵美・神村栄一・藤澤大介(訳) 2004 認知療法実践ガイド基礎から応用まで:ジュディス・ベックの認知療法テキスト 東京:星和書店
- (Beck, J. S. (1995) Cognitive therapy: Basics and beyond. New York : Guilford Press)
- エリスT.E.・ニューマンC.F.(著) 高橋祥友(訳) 2005 自殺予防の認知療法:もう一度生きる力を取り戻してみよう 東京:日本評論社
- (Ellis, T. E. & Newman, C. F. (1996) Choosing to live : How to defeat suicide through cognitive therapy.)
- リーヒR.L.(著) 八木由里子(訳) 2006 不安な心の癒し方:あなたの悩みを解消する7つの認知療法 東京:アスペクト
- (Leahy, R. L. (2005) The worry cure: Seven steps to stop worry from stopping you. New York : Harmony Books)
- フリードバーグR.D.・フリードバーグB.A.・フリードバーグR.J.(著) 長江信和・元村直靖・大野裕(訳) 2006 子どものための認知療法練習帳 大阪:創元社
- (Friedberg, R. D., Friedberg, B. A. & Friedberg, R. J. (2001) Therapeutic exercises for children: Guided self-discovery using cognitive-behavioral techniques.)
- フレンチP.・モリソンA.P.(著) 松本和紀・宮腰哲生(訳) 2006 統合失調症の早期発見と認知療法:発症リスクの高い状態への治療的アプローチ 東京:星和書店
- (French, P. & Morrison, A. P. (2004) Early detection and cognitive therapy for people at high risk of developing psychosis : A treatment approach. Chichester : John Wiley & Sons)
[編集] 和書
- 大野裕(著) 1990 「うつ」を生かす:うつ病の認知療法 東京:星和書店
- 井上和臣(著) 1992/1997/2002/2006 認知療法への招待 京都:金芳堂
- 大野裕・小谷津孝明(編) 1996 認知療法ハンドブック(上巻) 東京:星和書店
- 大野裕・小谷津孝明(編) 1996 認知療法ハンドブック(下巻) 東京:星和書店
- 井上和臣(著) 1997 心のつぶやきがあなたを変える:認知療法自習マニュアル 東京:星和書店
- 高橋良斉(著) 2002 「うつ」と上手につきあう心理学:自分でできる認知療法入門 東京:KKベストセラーズ
- 高田明和(著) 2003 うつ病を自分で治す実践ノート 東京:リヨン社
- 大野裕(著) 2003 こころが晴れるノート:うつと不安の認知療法自習帳 大阪:創元社
- 井上和臣(著) 2003 認知療法ケースブック 東京:星和書店
- 高田明和(著) 2003 認知療法でうつ病が治った - 優しい人ほどうつになる 東京:リヨン社
- 下園壮太(著) 2004 うつからの脱出 - プチ認知療法で「自信回復作戦」 東京:日本評論社
- 井上和臣(著) 2004 認知療法・西から東へ 東京:星和書店
- 伊藤絵美(著) 2005 認知療法・認知行動療法カウンセリング初級ワークショップ 東京:星和書店
[編集] 視聴覚教材
[編集] ビデオ
- 心理療法ビデオシリーズI:問題別アプローチ編 (JIP日本心理療法研究所)
- 第6巻 「パニック障害に対する認知療法」(David Clark)
- 第7巻 「境界例人格障害に対する認知療法」(Mary Ann Layden)
- 行動の健康および健康カウンセリング (JIP日本心理療法研究所)
- 第2巻 「乳癌治療における心理療法:認知・社会的アプローチ」(Suzanne Miller)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 国際認知療法学会(International Association for Cognitive Psychotherapy : IACP)
- 認知療法アカデミー(Academy of Cognitive Therapy)
- 日本認知療法学会
- 認知行動療法・認知療法の道具箱(認知療法の歴史・技法・フォーマットの紹介)
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