赤尾好夫
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赤尾 好夫(あかお よしお (明治40年(1907年) -昭和60年 (1985年))は山梨県石和(現笛吹市石和町)出身の出版人、放送人である。旺文社創業のほかに文化放送や日本教育テレビ(後に社名変更でNETになり現在はテレビ朝日)の創業や、放送大学の設立にも貢献し、また実用英語技能検定や全日本学芸科学コンクールの創立(昭和32年(1957年))にも協力する等、出版人、放送人の枠に収まらないスケールの大きな活躍をした実業家であり、教育と情報の融合につとめ、日本メディア界の発展に偉大な貢献を果たした。
趣味人としても知られ、書画骨董の収集品は財団法人センチュリー文化財団に収蔵されており、射撃においてはアジア大会や世界選手権に出場するほどの腕前でもあり、長きにわたり社団法人全日本狩猟倶楽部の会長もつとめた。
[編集] 関連項目
- 旺文社(グループ中核企業)
- 文化放送(創業に参加し代表取締役もつとめた)
- フジテレビ(創業にあたりニッポン放送と共に文化放送も出資した)
- テレビ朝日(創業に参加し初代社長となり晩年は会長をつとめた)
- 東京外国語大学(出身大学であり語学力の原点)
- 放送大学(設立と実験放送に参加した)
- 実用英語技能検定(発案者と言われ資格の価値確立につとめた)
- 古岡秀人(学習研究社の創業者であり同時代のライバル)