透明骨格標本
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透明骨格標本(とうめいこっかくひょうほん)は、分類学や比較解剖学、発生学の研究技法のひとつ。
脊椎動物の分類学的研究や比較解剖学的研究などにおいて、骨格の形態比較は欠かせない検討要素のひとつである。骨格を観察するためには、古くから物理的に骨格以外の軟組織を除去して作製した骨格標本が用いられてきた。しかし、小型の魚類や発生途上の胚では骨格標本の作製は困難である。骨格間の立体的配置、骨化の進んでいない軟骨組織、微細な骨格要素を損なうことが避けられないからである。微細な骨格の観察には軟X線による写真撮影も使用されるが、立体構造の観察に難があるし、軟骨の観察も困難である。
透明骨格標本はこれらの難点を克服し、小型脊椎動物や脊椎動物の胚の骨格要素を観察するために編み出された第3の技法であり、硬骨のみ染色、又は硬骨と軟骨を別々の色素で染め分けて軟組織を透明化し、透明な肉質の中に鮮やかに染色された骨格が、生時の立体配置で観察できるようにするものである。
[編集] 概要
透明骨格標本を作製するには、まず標本のタンパク質をホルマリンで固定して、しっかりと分子間の架橋を形成させる。次に、アルシアンブルーで軟骨を染色する。アルシアンブルーは、酸性多糖類の硫酸基と結合する性質を持った青い色素で、軟骨のコンドロイチン硫酸と結合する。このため軟骨部分が特に著しく青く染まることになる。次に、アリザリンレッドSで硬骨を染色する。アリザリンレッドSは紫色の色素であるが、金属イオンと結合して赤く発色する。硬骨には燐酸カルシウム(燐灰石)の結晶が沈着しているため、これとアリザリンレッドSが結合し、硬骨が赤く染色されるわけである。染色が終わった標本は水酸化ナトリウムや水酸化カリウムのような強アルカリの水溶液やプロテアーゼの水溶液の中で、タンパク質のペプチド結合を加水分解してやる。タンパク質分子の間は、既に側鎖のアミノ基の部分でホルマリンのホルムアルデヒドによって架橋されているため、この分子間架橋のネットワークが残存し、組織は外形を残しつつ適度にすかすかになる。最後にこの標本の中の水分をグリセリンで置換してやると、軟組織はほぼ完全に透明化し、赤く染まった硬骨と青く染まった軟骨が外部から容易に観察できるようになる。
この方法では体内に脂肪組織の発達した比較的大型の動物を透明化することは困難であるが、キシレンによる脱脂で透明化を実現できる。また、ヤツメウナギのような無顎類ではアルシアンブルーによる軟骨染色がうまくいかないが、その原因はまだよくわかっていない。