進化心理学
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進化心理学(しんかしんりがく、Evolutionary Psychology)とはヒトの心理メカニズムの多くは進化生物学の意味で適応であると仮定しヒトの心理を研究するアプローチのこと。行動生態学や人間社会生物学、適応主義心理学等と呼ばれる事もある。
ある心理メカニズム(例えば「怒り」)をもつ個体が、この心理メカニズムをもたない他の個体に比べて生存・繁殖の上で優位に立つならば、自然選択の過程を経て、その心理メカニズムは種全体に広がっていくだろう、と考えるのである。逆に、現在の結果から過去を推測すると、ある形質が種内の全個体に普遍的にみられる場合、その形質は進化史の中で生存・繁殖の成功に役立つ何らかの機能を果たしてきたと考えられる。この、ヒトの心とは生存や繁殖における成功を目標として自然選択により設計されたコンピュータであるという観点は、実際に多くの心理メカニズムを説明してきている。例えば家族・親戚関係のある側面については血縁淘汰・包括適応度といった枠組みの中で見事に説明される。(スティーブン・ピンカー/Steven Pinker氏の一連の著作を参照)。
このように人間の心理メカニズムの一部が進化生物学の観点から説明可能であることは、単純な事実だが、人間の行動のどこまでが、進化によって獲得された心理メカニズムであり、どこからが学習により獲得された後天的な性質なのかについては、今も活発な議論が続いている。こうした議論は"Nature versus nurture"(「生まれか育ちか」「氏(うじ)か育ちか」)の議論と呼ばれている。
また人間の行動のうち、生存・繁殖の成功に何の役にも立たない行動(非適応的行動)についての議論もある。たとえば精神疾患は本当に非適応的なのか、という議論。また若いうちに自殺することは完全に非適応的な行動だが、これには何の積極的な適応的意義もないのか、また自ら命を絶つことは別の何らかの適応的な心理メカニズムの誤作動によって生じているのだろうか、といった議論がある。
[編集] 批判
進化心理学の妥当性をめぐっては現在も論争が続いている。しかし、ヒトは生物であり、生物のもつ形質の一部は自然選択により形づくられた適応であるという事実を受け入れるのならば、進化心理学的アプローチも当然受け入れなくてはならないだろう。進化心理学が現在生み出している個々の仮説とその検証結果が全て妥当であるとはいえないとしても、進化心理学のアプローチそのものの妥当性に議論の余地はない(心身二元論に立てば話は変わってくる)。これはちょうど、「ヒトは生物である」という主張に議論の余地がないのと同様である。
[編集] 参考文献
- スティーブン・ピンカー 『人間の本性を考える 心は「空白の石版」か』 ISBN 4-14-09012-7
- 上・中・下の三部作。エッセイ風で読みやすい。一般向け。
- ジョン・H・カートライト著 鈴木光太郎, 河野和明 訳 『進化心理学入門』 新曜社 2005年 ISBN 4-7885-0953-9
- 進化心理学全般の概説。英語文献への案内が豊富。
- 長谷川寿一、長谷川眞理子 『進化と人間行動』 ISBN 4-13-012032-8
- 教科書的なしっかりとした本。ちゃんと勉強したい人向け。