間宮海峡
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間宮海峡(まみやかいきょう、英語:Strait of Tartary、ロシア語:Татарский пролив)とは、ユーラシア大陸と樺太との間にある海峡である。ロシア・中国等諸外国ではタタール海峡(韃靼海峡)と呼ぶ。冬の間は凍結し、徒歩で横断することも可能。
1809年に間宮林蔵が発見した。欧米では長い間樺太は半島であると考えられていた。 それまで、ラ・ペルーズなど複数の航海者が、樺太が半島であるか島であるかを確認しようと試みたものの、全て失敗していた。間宮海峡の最狭部は7.3kmと狭く、水深も浅いため、船で接近することはできなかったのである。
シーボルトは、間宮林蔵の功績をたたえ、その著書〈日本〉において「間宮海峡」と名付けヨーロッパの学界に紹介したが、その後諸外国で「間宮海峡」の名称は定着しなかった。タタール(韃靼)とはモンゴル族の一派であったが、その後モンゴルに統一されたためにヨーロッパではモンゴルの別称とされた言葉である。
欧米などでは樺太が半島であるか島であるかはその後も知られることがなく、ロシアでは1848年にゲンナジー・ネヴェリスコイの探検により初めてこの海峡の存在が知られるようになった。しかしロシアはこの情報を秘匿したためクリミア戦争では海峡を湾と誤認したイギリス海軍が間宮海峡に逃げこんだロシア艦の捕捉に失敗するという事件もおきている。
[編集] 間宮海峡(韃靼海峡)が登場する作品
- 「春」(安西冬衛)