革新自由連合
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革新自由連合(かくしんじゆうれんごう)とは、1977年の参議院議員選挙を前に、永六輔、田原総一朗など、非自民・護憲の「革新」的な知識人・文化人・タレントが結成した政党。略称「革自連」(かくじれん)。代表は中山千夏。1977年の選挙では鈴木武樹・俵萌子・ばばこういちらを擁立するも当選者は横山ノックのみ、1980年の選挙では中山千夏を当選させたのみで、それ以上党勢は伸びなかった。
当選後中山は社会党都連推薦で当選していた元都知事美濃部亮吉と、元大津市長山田耕三郎(後に連合参議院代表)と共に院内会派「一の会」を結成、代表に就任した。第二院クラブへの吸収合併の打診もあり、当初は青島幸男らとの対立から拒否するも、後に統一会派「無党派クラブ」を結成している(代表は美濃部)。
1983年の選挙を前に、中山が比例代表選挙の名簿団体として無党派市民連合を結成したことで、流れ解散。永六輔らを立てて戦うも、タレント議員団体が二院クラブ、福祉党など乱立する中、無党派市民連合は議席を得ることができずに終わった。タレント議員の選挙名簿を一本化するための話し合いも行なわれたが、路線や名簿順位をめぐって対立が生じ、交渉は決裂に終わり、分裂選挙となった。
なお、このときの選挙で横山ノックは無党派市民連合に加わらずに、無所属で大阪地方区に転出し、当選を果たした。