黒い霧事件 (政界)
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黒い霧事件(くろいきりじけん)とは、1966年後半、自民党を中心に相次いで発覚した不祥事。一連の事件では、政府・与党から結局ひとりの有罪者も出さず、自民党への国民の信頼は失墜したが、翌年の総選挙では自民党は善戦し、「大山鳴動して鼠一匹も出ず」の結果となった。
[編集] 不祥事の経緯
- 1966年
- 8月5日- 田中彰治衆議院決算委員長が、虎ノ門公園跡地の国有地を手に入れた小佐野賢治国際興業会長を脅迫し、2億4000万円の手形決済を延期させたとして逮捕される(田中彰治事件)。
- 9月2日- 上林山栄吉防衛庁長官、大臣就任後に鹿児島へお国入り。その際、統幕議長、陸海空の3幕僚長を従え、航空自衛隊のYS-11型機で帰郷。しかも、陸上自衛隊音楽隊を連ねて地元をパレード。さらに、同級生や後援者を秘書名目で同機に同乗させる(公私混合お国入り問題)。
- 9月3日- 「荒船清十郎運輸大臣、自選挙区の埼玉県深谷駅に急行列車が停まるよう国鉄にダイヤ改定を圧力」と新聞各紙一斉報道(急行停車問題)。
- 9月27日- 共和製糖が、重政誠之農林大臣時代に払下を受けた国有林を担保に、農林中央金庫から不正融資を受けていた事件が発覚。社会党、参議院決算委員会で、共和製糖への不当融資について政府を追及(共和製糖事件)。
- 10月11日- 埼玉県深谷駅への急行停車問題で、荒船運輸相辞任。
- 10月19日- 上林山防衛庁長官の公私混合お国入り問題発覚。また松野頼三農林大臣が、新婚の娘夫婦とナッソー・ラスベガスなど外国観光地巡りを官費旅行として申請していた事(公私混合官費旅行)が、相次いで発覚、社会党は衆議院決算及び農林水産委員会で追及。
- 10月20日- 佐藤栄作首相、衆議院予算委員会で綱紀粛正を所信表明。
- 11月16日- 自民党綱紀粛正調査会、「黒い霧」疑惑の調査結果をまとめる。
- 11月17日- 松野農相、参議院決算委員会にて、共和精糖に対する融資の調査結果を報告。
- 11月18日- 塩見俊二自治大臣、共和精糖グループから献金を受けた政治家11人を公表。
- 11月19日- 社会党が菅貞人共和精糖社長を告発。
- 11月30日- 菅共和精糖社長が株主総会で正式辞任。
- 12月1日- 自民党総裁選、佐藤再選するも、対立候補藤山愛一郎が予想外の善戦。
- 12月2日- 山口喜久一郎衆議院議長、当時、インチキ手形にて三億円を詐欺した容疑で問題となっていた、手形割引業者東京大証社長結婚式で仲人を務めていたことが発覚、衆議院議長辞任願を提出し、翌3日の本会議で辞任(東京大証社長仲人問題、1969年総選挙に落選、その後、引退)。
- 12月3日- 佐藤内閣改造、福永健司・宮沢喜一を起用し、旧池田派を取り込み。党人事で、幹事長田中角栄を更迭し、福田赳夫を後任に充てる。
- 12月8日- 東京地検特捜部、共和精糖グループを全国40カ所で家宅捜索
- 12月27日- 佐藤首相、低下した求心力を回復するため、衆議院を解散(「黒い霧」解散)。
- 1967年
- 1月29日- 第31回衆議院議員総選挙、自民微減(自民党得票率50%を割る)するも、予想外の善戦で勝利宣言、公明党進出。
- 2月8日- 東京地検特捜部、共和精糖事件、菅前社長ら同社役員、重政誠之代議士の秘書を業務上横領などの容疑で逮捕(その後、1973年6月22日、東京地裁は菅ら9人に有罪判決)。
- 3月18日- 共和精糖事件に関連し、相沢重明社会党参議院議員に国会質問に絡む収賄容疑(同社に対する不正追及をめぐり、同社及び対立する業界団体「日本ぶどう糖工業会」双方から現金を受取った疑惑)が発覚、東京地検が相沢議員を取り調べ。
- 3月20日- 社会党、相沢議員を除名処分。
- 3月23日- 東京地検特捜部、共和製糖事件で相沢参議院議員を在宅起訴(その後、相沢は二審まで有罪・上告中に死亡)。
[編集] 関連項目
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