アッピウス・クラウディウス・カウデクス
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アッピウス・クラウディウス・カウデクス(Appius Claudius Caudex、紀元前3世紀、生没年不詳)は共和政ローマの元老院議員。パトリキ系のクラウディウス氏族の出自、父はガイウス・クラウディウス。紀元前265年にコンスルを勤めた。第一次ポエニ戦争の口火を切った人物として知られる。
紀元前265年、シラクサのヒエロン2世がメッシーナを攻撃、北西シチリアを制圧していたマメルティネスから奪還を試みる。当時カルタゴと同盟を結んでいたマメルティネスはシチリアの攻撃を撃退、しかしカルタゴはそのまま彼の支配下の地域に留まっており、マメルティネスは自分の支配下に居座るカルタゴの一掃するためにローマに助力を頼む。
この動きにコンスルとして就任していたカウデクスは元老院の反対を押し切り、ローマ市民を説得してシチリア島に派兵、さしたる苦労もなく、奪回に成功する。そしてクラウディウスにメッシーナを明け渡すとカルタゴ勢がメッシナ奪還にむけ派兵、ヒエロン2世は情勢を静観する。カウデクスはこの動きに反応、特使をカルタゴ側、シラクサ側に覇権するが、無視され、ヒエロン2世のシラクサ勢力に攻撃をかけ、敗り、退却させる。翌日彼はカルタゴ側にも攻撃、敗った。
これにより第一次ポエニ戦争が始まった。