スズケングループ
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スズケングループ(SUZUKEN GROUP)とは、株式会社スズケンと資本提携しているグループ企業のことをいう。
- スズケングループは、2006年10月全国47都道府県すべてに営業拠点を配置し、国内では唯一のナショナルホールセラーとなった。
- 医薬品・診断薬・医療用の機器・材料を、病院・医院や薬局などに安全・確実にお届けする医薬品流通のリーディングカンパニーである。
- グループの医薬品卸6社、物流専門会社2社とともに、日本の医薬品流通の中核を担っている。
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[編集] グループ会社
- 株式会社スズケン
- 株式会社スズケンロジコム
- 株式会社スズケン沖縄薬品
- 秋山物流サービス株式会社
- 株式会社スズケン岩手
- 日本製薬工業株式会社
- ナカノ薬品株式会社
- 株式会社ライフメディコム
- 株式会社サンキ
- ケンツメディコ株式会社
- 株式会社アスティス
- 株式会社ライフサポート
- 株式会社翔薬
- 株式会社三和化学研究所
- 株式会社広伸
- 両毛医薬品株式会社
- 株式会社HMS
- 株式会社サンキ・クリニカルリンク
- サンキ・ウエルビィ株式会社
- 両毛医薬品株式会社
- 株式会社すずらん薬局
- 株式会社コラボクリエイト
- 株式会社コラボワークス
[編集] スズケングループの3つの精神
- 独創性
- 開拓者精神
- 優しさ
[編集] 株式会社スズケン
- 創業者の鈴木謙三は、明治39年2月26日に名古屋市中区南瓦町23で鈴木光三の3男として生誕する。父の光三は、名古屋市立第七高等小学校の校長を歴任した厳格な人物だった。祖父の小十郎は、尾張藩士だった。
- 昭和7年の創業当時は、有力メーカーとの取引は一切なく新興メーカーや小規模のメーカーとの取引する規模の卸であった。創業当時から広域化をする必要があると考えていた。有力メーカーの商品は、二次取引卸(有力卸から商品を購入し医療機関に納品する卸のこと)であった。直接系列卸との価格競争は棘の道であった。静岡県浜松を皮切りに静岡・半田・熱田等愛知県・静岡県にまたがる商業圏を拡大していく。その後、徐々に医療機関との信頼関係を深めていき3大メーカーの1つ「塩野義製薬」との直接取引締結より「一次卸」となり躍進が始まる。昭和33年に初めて三重県下にも拠点を築く。進出として西か東かと迷っていた謙三は、東が優先とし昭和34年5月東京支店を開設する。名古屋の卸が東京に拠点を持つことは当時としては考えられないことだった。世田谷・大田区・品川区・目黒区に重点を置き地道に基盤を築いていく東海地方の卸が系列代理店を持つメーカー各社からは、首都圏進出は歓迎されるものではなかった。取引先の開拓は困難を極めが、日本経済の急成長と国民皆保険制度の導入により、昭和35年以降、毎年130%~150%の驚異的な伸びをみせ、昭和39年「全国医薬品売上高」で日本一を達成する。昭和39年10月医薬商として初めて「医薬品総合商社」という呼称を用い、「株式会社スズケン」に商号変更。「株式会社スズケン建設」「スズケン物産」「日本化工株式会社」「株式会社スズケン特殊材木」「株式会社スズケン美化学」「株式会社スズケン整備」「日本製薬工業株式会社」「株式会社スズケンセンター」「株式会社スズケン沖縄」「株式会社鈴の屋」と相次いでグループ企業を設立する。
- 2代目社長鈴木信次(鈴木謙三の実子)から昭和58年に第3代目社長として「別所芳樹」(鈴木謙三の実子・弘子の婿)が就任、平成4年には企業理念「soft21」を掲げる。SはSuzuken OはOriginslity FはFrontier spirit TはTenderness の頭文字をとった。平成6年には東京証券取引所に上場、名実ともに「日本一」の総合卸誕生であった。
- スズケンの社章の「S」を図案化したものは、スズケンをブルー・三和化学研究所をグリーン・グループ各社をオレンジとしたものである。
- 広域化として「金沢支店」を設立して北陸地区への業務拡大を開始「笹菊薬品」との業務提携(後に合併)・九州地区は鹿児島地区についで大都市圏の福岡に「福岡支店」を開設(後に翔薬に営業譲渡)。北関東は「ナカノ薬品」と業務提携。首都圏では「加藤薬品」と連結子会社の1社を合併し首都圏市場を拡大。北海道では、道内最大規模の「秋山愛生舘」と業務提携(後に合併)する。関西圏は、昭和47年に奈良・昭和50年和歌山・昭和53年滋賀・昭和57年岸和田・昭和59年堺・平成6年京都・平成7年藤井寺と南部から徐々に商業圏を拡大していき、平成8年4月、医薬品業界発祥の地「道修町」に進出する。8月には「ドーエーメディックス」を合併し関西エリアを拡大する。東北地区では、岩手の「熊谷薬品」を連結子会社の「スズケン岩手」とし、「2010年までに全国展開」公約した時点で残るエリアは、青森・秋田・山形・福島・島根・鳥取・山口・広島・岡山・愛媛・香川・徳島・高知・長崎・大分・熊本・宮崎となる。その後、「サンキ」「アスティス」と業務提携、最後に残った九州4県を福岡県の「翔薬」との業務提携で公約どおり日本全域に拠点を設立する。
- 平成19年4月にスズケンの4代目代表取締役社長執行役員に太田裕史氏が就任。スズケン設立以来、親族以外から初めて社長就任となる。別所芳樹は代表取締役会長執行役員に就任。
[編集] スズケン現在
- ほとんどの製薬会社の医療用医薬品を品揃えする「フルライン」を実現
- グループの医薬品卸とともに、全国に広がるネットワーク
- 病院・医院や薬局に医薬品の供給と情報の提供
- 医療に欠かせない機器・材料の高い製品を厳選し、医療・院内環境を支援
- 高品質の診断薬を供給・検査機器の選定
- 製薬企業の(株)三和化学研究所、医療機開発部門や医療機器製造のケンツメディコ(株)をグループとしている
- 高品質物流をめざして、2005年5月より、商品のトレーサビリティ(追跡調査)を可能にする独自の物流システム(新庫内物流システム)を構築(全国の物流拠点で一元管理できるシステムを導入したのは、医薬品卸業界ではスズケンが業界初)