万物斉同
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万物斉同(ばんぶつせいどう)とは、万物は道の観点からみれば等価値なのである一つであるという荘子の思想である。
荘子は物事の真実たる「道」を知ることが、充実した生を生きることだと考えた。 人はとかく是非善悪といった分別知をはたらかせるが、その判断の正当性は結局は不明であり、また、一方が消滅すればもう一方も存立しない。つまり是非善悪は存立の根拠がひとしくて相対的であり、それを一体とする絶対なるものが道である。
このようにみれば、貴賤(きせん)などの現実の社会にある礼法秩序も、すべて人の分別知の所産による相対的なものとわかる。それどころか、生死ですら相対的である。 人は生をよろこび死をにくむが、生も死も道の姿の一面にすぎないということ。