受身 (言語学)
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受身(うけみ)とは言語学・文法の用語で、動作や作用の対象を主語として述べること。日本語の「れる」「られる」を用いた形式について言うことが多く、受動態(じゅどうたい)と呼ばれることが多い。
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[編集] 日本語の受身
日本語の受身は助動詞「れる」「られる」(文語では「る」「らる」)を用いて表現する。英語の受動文などに相当する直接受身と、英語などには見られない間接受身がある。
[編集] 直接受身
直接受身は、能動文における他動詞の直接目的語または間接目的語を主語にするものである。
- 先生に怒られた。
- この会社は1976年に設立された。
元の動作の主語(動作主)を表示するには「に」を用いるのが一般的だが、事物の属性を説明する場合などは「によって」が用いられる。また元の主語からの物の移動(授受)を表す場合は「から」を用いることができる。
日本語の直接受身の用法には、英語などの受動態に比較して制限がある。受動態の主語(被動作者)として使えるのは主に人(有情物)であり、事物を主語にする「この会社は1976年に設立された」などの言い方は、主として明治以降に翻訳用に用いられるようになったものである。
[編集] 間接受身
間接受身は間接的に影響(ふつうは主語から見て悪影響)を被るものを主語に立てる表現であり、通常、主語は人間である。 さらに「迷惑(被害)の受身」、および「持主(所有)受身」などと呼ばれるものに分けられる。
[編集] 迷惑の受身
「雨に降られた」「子供に泣かれた」「南側にビルを建てられた」などがあり、特に前2例のように自動詞の受身形も可能である。これは多くの言語には直訳できない。
ただし自動詞としては、「に」で示されるもの以外に明らかな動作主が存在するような(もともと受身的な性格をもつ)動詞は使えない。例えば「*雷に落ちられた」や「*南側にビルに建たれた」は不可能である。文法用語では、元の主語(「雨」「親」)が意志をもって行うことができる(またはそのように考えられる)動詞が非能格動詞、元の主語(「雷」「ビル」)が意志をもつとは考えられない動詞が非対格動詞に当たる。
また直接受身では、「誰々に」を「誰々によって」と言い換えることができるが、迷惑の受身では一般にこの言い換えはできない。
[編集] 持主受身
「財布を盗まれた」「勝手に木を切られた」のように、主語の持ち物を直接目的語とする他動詞の受身形である。英語では "have + 目的語 + 過去分詞"と訳される。
ただし、似た状況であっても、主語自らの意志に従って行われる行為であれば「私は植木屋に庭木を切ってもらった」のような使役的表現、積極的な意志を持っていないが結果的に利益となるならば「植木屋が庭木を切ってくれた」のように動作主を主語に据えた表現となる。英語ではこのような細かい表現の違いはない。
[編集] 受身の起源
受身の助動詞「(ら)れる」の機能は、元来は人が意志的に行うのではないことを表現する自発であると考えられている。場合によっては受身か自発か明確でないこともある。上記の制限や間接受身も、この性格に由来すると思われる。
[編集] その他の言語の受動態
受動態とは一般には、他動詞の能動態における目的語を、主語に据えることで強調し、もとの主語は別の格などで表す(しばしば省略する=動詞の項を1つ減らす)表現様式をいう。受動態の意義としては、次のようなものが考えられている。
- 動作主を軽視または省略し、相対的に被動作者を重視すること。
- 被動作者を文の話題として強調すること。
- 被動作者の意志によらないことを強調すること。日本語ではこの意義が特に重要であると考えられる。
英語のほか、現代ヨーロッパの多くの言語では、be動詞などの助動詞に過去分詞をつけた複合的な形態で受動態を表現する。
英語では動詞の直接目的語のみならず、間接目的語や、前置詞の補語などを主語にするのも容易であるが、この表現は他の言語ではあまり一般的でない。
- They talked about the problem. → The problem was talked about.
フランス語でも助動詞としてbe動詞に当たるêtreを用いる。存在・状態や移動を表す自動詞の完了(複合過去)形にも同じ形式を用いるものの、動詞の種類によって容易に区別できる(ドイツ語でも同様。英語でも動詞によっては”Spring is gone.”のような完了的表現ができる)。フランス語では、前置詞補語を主語にする受動態は標準的でなく、不特定の人を表す代名詞onを主語にした表現(能動態のまま)などが普通である。
一方ドイツ語、スペイン語などでは動的と静的(状態的)の2種類の受動態があり、これは助動詞によって区別される。動的受動態はドイツ語werden、スペイン語serで表現され、行為をその時点で表現する。静的受動態はドイツ語sein、スペイン語estarで表現され、ある過去の時点の行為を、その結果が残っていることを含意して表現する。このほか、再帰動詞(再帰代名詞を使って「自分を…する」という形)による受動態に似た表現もある。
ドイツ語には「非人称受動態」という構文で意味上の主語を消すことができ、これは自動詞に対しても使える。トルコ語などにも類似のものがある。
- 能動態:
- Die Kinder schlafen. 子供たちは眠っている
- 非人称受動態:虚辞のEsを形式的(非人称)主語に使って受動態の形にする:
- Es wird geschlafen. 「眠られている」=(人が)眠っている
- 他の副詞句などが文頭に立つと、Esは消える:
- Hier wird geschlafen. ここで(人が)眠っている
- 意味上の主語をvon「によって」で再表示することもできる:
- Es wird von dem Kindern geschlafen. 「子供たちによって眠られている」=子供たちが眠っている
ラテン語では受動態も能動態と同様に動詞の活用によって表現する。一般に古いインド・ヨーロッパ語ではこれと同様に(あるいは中動態という特殊な態によって)受動態を表現したとされる。
中国語では動詞に由来する「被」を介詞(前置詞)として、あるいは「是被」の形で用いて受動態を表現する。
- ”我(是)被(狗)咬了”「私は(犬に)噛まれた」
タガログ語では、目標焦点(行為者でなく行為対象が話題となっていることを動詞に表示する)を受動態とも呼ぶが、これは日本語の「この家は彼が建てた」に近い表現である。
フィンランド語などでは、「風で家が壊された」などの自然現象に関して、受動態の代わりに主語人称を特殊なもの(普通は用いない)にして表現する方法がある。
このほか受動態表現のない言語も多いが、文のある要素を相対的に強調するなどといった方法で類似の表現が行われる。