合成生物学
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合成生物学(ごうせいせいぶつがく、英:Synthetic biology)とは従来、生物学の幅広い研究領域を統合して生命をもっと全体論的に理解しようとする試みであった。最近になりこの用語は科学と工学の融合により新しい生命機能あるいは生命システムをデザインして組み立てる新しい学問分野を指すようになった。最近の合成生物学は必ずしも全体論的理解を深める目的があるわけではなく、作ることで生命への理解を深めるアプローチや、有用物質を生産するキメラ生物の作製も重要なテーマである。合成生物学は構成的生物学とも和訳されている。 en:english18:19, 16 February 2007 Aciel Endy KMM Thrust 4 Redwoodseed et alより翻訳・一部独自に追加
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[編集] 歴史
合成生物学の幕開けは、間違いなく制限酵素の発見と分子生物学への応用から始まる。1978年この功績に対し、Werner Arber、Daniel Nathans、Hamilton O. Smithらにノーベル医学生理学賞が与えられた。Geneという科学雑誌において編集者Wacław Szybalskiが次のようにコメントしている(Gene 1978,4, p181)。”この制限酵素の研究は個々の遺伝子を解析するために遺伝子組み換え技術を可能にしたのみならず、既存の遺伝子だけでなく新しくアレンジされた遺伝子さえも作製して評価できる、合成生物学の新たな時代へと我々を誘ってくれた。”
[編集] 生物学
生物学者は生命システムがどのように働いているのかを解明したい。自分たちの理解の程度を知りたいのであれば、理解している通りにシステムを組み立ててみて機能するか調べてみるのが単純で直接的な方法だ。Michael Elowitzの若い頃の仕事でRepressilatorというのが良い例だ。彼は生きた細胞内で遺伝子がどう発現するかをモデル化し、そのモデルを試すために生きた細胞内にDNA断片を導入して何が起こるか観察した。モデルからの予測と観測でほとんど差が見られないという結果はモデルの正しさを示唆している。このような研究ではモデルを作製し実験結果を予測するために様々な数学的手法が用いられる。グラフ理論、ブーリアンネットワーク、常微分方程式、確率微分方程式、マスター方程式(精度を上げるため)などが用いられている。Adam ArkinやAlexander van Oudenaardenの仕事も良い例だ。PBS Novaの人工生命も参考にするとよい。
[編集] 化学
生命システムは化学物質からなる物理的なシステムである。約100年前には化学は天然物だけでは飽き足らず、新しい物質を作り出し始めた。こうした移行が合成化学の分野を生み出したが、同時に合成生物学的な面も見られた。例えば合成化学を生物学に広げたり、あるいは生命の起源を探ろうと有機物質を作り出したりする研究が挙げられる。スタンフォードのEric Koolのグループ、フロリダのSteven Bennerのグループ、バークレイのCarlos Bustamanteのグループ、ハーバードのJack Szostakのグループが良い例だ。
[編集] エンジニアリング
エンジニアにとって生物学とはバイオテクノロジーのことだ。合成生物学は従来のバイオテクノロジーの概念を広げていく。生命システムを自由自在にデザインして組み立て、情報処理、化学物質の操作、有用物質の生産、エネルギーや食糧の生産、そしてわれわれの健康や地球環境の維持に役立てようというものだ。合成生物学が従来の遺伝子組み換え技術と異なる点は、エンジニアリングをもっと容易にもっと信頼性のあるものにするための基本的なテクノロジー確立に重点を置くことだ。参考例としてTim GardnerとJim Collinsらの先駆的仕事である、遺伝的オン・オフスイッチ(engineered genetic toggle switch)、標準生物学的パーツ登録所(Registry of Standard Biological Parts)、インターカレッジ遺伝的エンジニアリングマシーン大会のiGEMが挙げられる。
[編集] 書き直し
生命システムはあまりに複雑なため、最初は単純で人為的に操作できるシステムから組み上げていこうとする流れもある。生命システムを書き直そうとする人はまずリファクタリングに目をつけた(コンピューターソフトウェア開発用語でもあり、同じ働きのプログラムを別のより良いコードで書き直すこと)。Drew Endyらのグループはいくつかの予備的研究をしている(Refactoring Bacteriophage T7)。光リソグラフから取り入れたオリゴヌクレオチドや、あるいはインクジェットで製造されミスマッチエラーコレクションと化合されたDNAチップなどにより、安価で大規模にコドンを変化させて遺伝子発現を改善したり、新たなアミノ酸を導入したりしている例もあり、ゼロからのアプローチを好むようだ(George Church研のsynthetic cell projects参照)。
[編集] 人間生活とのかかわり:社会的、倫理的、法的な挑戦
生命科学的な挑戦に加え合成生物学は人間生活に非常に大きな影響を与えうるため、生命倫理、安全保障、安全性、健康、エネルギー、知的所有権などの問題が浮上してきた。特に合成生物学のもつ両面性が問題となる。正しく使えばよりよい医薬品(抗マラリア薬など)を作れる一方、悪用すればとんでもない新種の病原菌(炭そ菌など)を作製することもできる。9/11のテロ以降サイエンスの世界もテロとは無縁ではなく、インターネットやメディアの進歩により世界中の誰でも最先端の科学の知識や技術のノウハウを得られるようになった。遺伝子やゲノムを合成する様々な段階をライセンス化したり、モニタリングしたりする具体的な提案も出ている。また、いわゆる社会問題に対して包括的でオープンな議論もオンラインでなされている(OpenWetWare)。いわゆる社会問題という枠で考えるのではなく、例えばサイエンス界だけを別物にして社会がサイエンスの負の影響をできるだけ少なくするということではなく、お互いにもっと混ざり合い、相互形成的な関係を作っていこうという流れが生まれてきている。合成生物学者と倫理学者、政治家、ファンダー、人文学者、市民が共同で取り組まねばならない。これまでも何度も会合がなされており、ガイドラインの制定などが協議されてきたが、合成生物学は今まさに発展しつつある分野であり、科学者もそうでない市民も一緒になって取り組み、未来の損害を最小化することが重要である。こういった取り組みは例えばSynBERCで行われている。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
一般情報: