四畳半襖の下張
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『四畳半襖の下張』(よじょう-はん・ふすま-の-したばり)は永井荷風作及び伝永井荷風作の小説。二種類ある。
- 荷風作『四畳半襖の下張』-荷風真作の短編小説。古人「金阜山人」の手記を作者が紹介するという形式を取る。戯作に志す主人公がさまざまな経験を経て最後には置屋の主人となるという筋で、前述入れ子細工の構成のほか、文語体で書かれていることなど、あきあらかに春本の『四畳半襖の下張』が影響を受けたと思われる節が多くある。
- 伝荷風作・春本版『四畳半襖の下張』-大正期ごろの春本。作者は「金阜山人」の署名があるのみだが、長らく永井荷風作として伝えられ、後述のようにそれを認める説が現在でも有力である。終戦前後から一部においてひろく知られた小説であり、春本における傑作中の一として数えられきたが、1970年代におこった『四畳半襖の下張』事件及びその裁判において特に有名になった。
目次 |
[編集] 春本版
文体は江戸中期ごろの人情本・滑稽本などに範をとったと思しき擬古文で記されており、同時期の文語体春本の多くが明治期の文章に倣っているのに比べて格段に流麗かつ古風であり、作者の素養の高さが知られる。
小説の構成は、作者「金阜山人」がたまたま買った家の四畳半に、古人の手になる春本が襖の下張となっているのを見つけ、それを浄書して読者に紹介するという説明が導入部にあり、所謂「入れ子細工」の構造になっている。
「はじめの方は、ちぎれてなし」という説明ののちにはじまる「古人作の春本」は、老人もしくは中年者と思しき人物の回顧ふうな文章が冒頭に置かれており、性的体験の遍歴や年齢とともに変ってゆく女性観・性意識などが述べられた後、「おのれ女房のお袖」が芸者であった時分の交渉が物語られる。性行為の描写が終わると、お袖との結婚後の模様が作者の女遊びなどを交えて簡潔に記され、小説は唐突に終る。
小説・春本としての特色としては、性行為を描きながらも読者を興奮させるためのポルノ性の高い直接的な描写が少なく、逆に、短いながらも行為を通して女の情や性格をスケッチしてゆくするどい観察や描写にあるといえるだろう。
たとえば男が女の疲れを気遣って射精を我慢したまま行為を終えた後に、女が「あなたもちやんとやらなくちやいやよ、私ばかり何ば何でも気まりがわるいわ、と軟に鈴口を指の先にて撫でる工合」を見て、「この女思ふに老人の旦那にでもよくよく仕込まれた床上手と覚えたり」と男が思うあたりには、作者の観察の鋭さ、人間描写の巧みさがあらわれているだろうし、騎上位での行為の後、男の体の上で素裸になっていることに気づいた女が「流石に心付いては余りの取乱しかた今更に恥かしく、顔かくさうにも隠すべきものなき有様、せん方なく男の上に乗つたまゝにて、顔をば男の肩に押当て、大きな溜息つくばかりなり」と感じるあたりは、女性特有の心理をこまかく描いて、凡百の春本から一線を画すものである。
[編集] エピソード
国文学者たちは、この作品の作者について、学問的厳密さを重んじる立場から断言することができないが、石川淳その他の文学者たちは、荷風作であると断言しており、またそのことは一読瞭然である。