桑名吉成
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
桑名一孝(くわな かずたか、天文20年(1551年) - 慶長20年5月6日(1615年6月2日))は長宗我部氏の家臣。通称弥次兵衛。
長宗我部元親に仕え、元親の四男盛親の榑人子として育つ。家中一、二を争う強力の持ち主で、戸次川の戦いなど各地を転戦して武功を上げた。主家改易後は藤堂高虎の家臣となり、1615年、大坂の陣・八尾の戦いでかつての主君・長宗我部盛親と戦って壮絶な戦死を遂げた。主君と槍を交わすのに忍びず、自ら敵中になだれ込み、自殺したとも言う。
カテゴリ: 戦国武将 | 1551年生 | 1615年没 | 人物関連のサブスタブ項目