関手
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関手(かんしゅ、functor)とは、圏論における一つの圏 (数学)から別の圏への対応でその構造と両立するようなものである。関手によって一つの数学体系から別の体系へのシステマティックな対応が定式化される。
関手は「圏の圏」における射 (圏論)と考えることもできる。
関手の概念の萌芽はエヴァリスト・ガロアによる群を用いた代数方程式の研究に見ることができる。20世紀はじめのエミー・ネーターらによる加群の研究において拡大加群などさまざまな関手的構成が蓄積された。20世紀半ばの代数的位相幾何学において実際に関手が定義され、図形から様々な「自然な」代数的構造を取り出す操作を定式化するために利用された。ここでは(基本群のような)代数的対象が位相空間から導かれ、位相空間の間の連続写像は基本群の間の代数的準同型を導いている。その後アレクサンダー・グロタンディークらによる代数幾何学の変革の中でさまざまな数学的対象の関手による定式化が徹底的に追求された。
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[編集] 定義
C および D を圏とする。C から D への共変関手 (covariant functor) F とは
- C の各対象(object)X を D の各対象 F(X) に対応させる
- C における射(morphism) f : X → Y を D における射 F(f) : F(X) → F(Y) に対応させる
ような対応で、以下の性質を満たすもののことである。
- 全ての対象
に対して F(idX) = idF(X)
- 任意の射
および
に対して
すなわち、関手に対して恒等射および射の合成を保存することが要請される。
[編集] 反変関手
関手に似た形式を持ちながら、射を反転させる(合成を逆向きにする)ような対応が多数存在する。そこで、C から D への 反変関手(contravariant functor)F が以下のように定義される:
- 各対象
を 対象
に対応させる
- 各射
を射
に、以下の性質を満たすように対応させる
- 全ての対象
において F(idX) = idF(X)
- 全ての射
および
において
- 全ての対象
C から D への反変関手はCの双対圏 Cop からDの共変関手と見ることもできる。共変関手の概念だけによって全てを処理するために、 が反変関手であると言うかわりに、 (共変)関手
(場合によっては
)を用いて議論する著者もいる。
反変関手はまれに余関手(cofunctor)と呼ばれることもある。これは、圏論の文脈では普通「全ての矢印を逆向きにする」という意味の「余」という接頭辞の誤った利用法であるといえる。(共変)関手 F は射 f:X→Y を射 F(f):F(X)→F(Y) に対応させるものだが、ここで全ての矢印を逆向きにするなら射 f:X←Y に射 F(f):F(X)←F(Y) が対応することになる。これは結局のところ普通の共変関手の概念を表している。つまり関手とは自己双対的な概念であり、字義どおりにとらえるなら余関手と関手とは同じ概念を表している。
[編集] 自然変換
圏として定式化された数学理論の上に関手によってさまざまな自然な構成が与えられるが、自然変換によって2つの構成を比較する「自然な準同型」が記述される。時に2つの見かけ上異なった構成が同等の概念を定めていることがあるが、この状況は2つの関手の間の自然同型(natural isomorphism) になっている自然変換によってとらえられる。
F,Gが圏 C と D の間の(共変)関手であるとき、 F から G への自然変換は C に含まれる全ての対象 x に対し D の射 ηx : F(x) → G(x) を与える。このとき、 C の任意の射 f : x → y に対し、ηy ○ F(f) = G(f) ○ ηxが成り立つ。 これは即ち、以下の図式が可換になることを意味している。
2 つの関手 F, Gに対し、FからGへの自然変換が存在して ηx がC に含まれる全ての対象 x に対して同型射となるとき、この自然変換は自然同型であるという。圏C, Dの間の関手F: C → D, G: D → C についてGFとIdCが自然同型で、FGとIdDが自然同型になっているならCとDは同等なものと見なされる。
CからDへの関手を対象とし、関手の間の自然変換を射とすることで関手圏Funct(C, D)が考えられる。こうして得られる圏に図式の圏や前層の圏、層の圏がある。また、群Gが作用する集合の圏はGを圏と見なしたときのFunct(G, Sets)と同値になる。
[編集] 関手に対する様々な条件
以下F: C → Dを関手とする。
- 忠実関手 (faithful functor)と充満関手 (full functor)
Cの任意の対象X, YについてF: が単射のときFは忠実関手だという。反対に、この対応が全射のときFは充満関手だという。
- 随伴関手 (adjoint functor)
もう一つの関手G: D → Cについてとなっているとき、FはG の左随伴関手であり、GはF の右随伴関手であるという。
- 加法的関手 (additive functor)
それぞれの圏のhom集合がアーベル群になっているとき、hom集合の間の準同型を与えるような関手を加法的関手とよぶ。
- 完全関手 (exact functor)
単完全系列 を単完全系列に写すような関手は完全関手とよばれる。完全関手は任意の完全系列を保つ。有限の極限のみを保つ関手は左完全であるとよばれ、双対的に有限の余極限のみを保つ関手は右完全であるといわれる。
[編集] 表現可能関手
圏 C の対象 X について HomC(-, X)やHomC(X, -)の形にかけるような C から Sets (またはCのhom集合の構造を表すしかるべき圏)への関手は表現可能関手 (representable functor) とよばれる。米田の補題によって表現可能関手たちとその間の自然変換はもとの圏の構造を完全に反映していることが知られる。数学のさまざまな場面で与えられた関手が表現可能であるかどうかやどんな対象によって表現されるか、あるいはその関手が表現可能になるように圏を変形できるかということが問題になる。
特定の形の図式に関する極限は図式圏への対角埋め込み関手に対する右随伴関手として定式化できる。テンソル積や対象積、交代積は多重線形写像の関手を表現するような対象として定式化できる。
[編集] 例
- 定数関手
Dが空でない圏だとする。D の対象 Xについて、任意の圏CからDへのXが定める定数関手(constant functor)を以下のようにして構成できる: C の全ての対象を X に写し、C の全ての射を X の恒等射に写す。定数関手 (constant functor)は selection functorともよばれる。
- 冪集合
集合の圏Setからそれ自身への関手Pで、各集合をその冪集合(power set)へと写し、各写像 を写像
に写すようなものを考えることができる。また写像f: X → Y を、
なる写像に対応させることで反変の冪集合関手を考えることもできる。反変版の冪集合関手は2点集合によって表現されている。
- 双対ベクトル空間
Kを体とするとき、K上のベクトル空間をその双対空間に対応させ、線型写像をその転置写像に対応させることで、K上のベクトル空間の圏からそれ自身への反変関手が構成できる。
- 基本群と基本亜群
点つき位相空間、すなわち特定の点を伴った位相空間の圏を考える。その対象は組(X, x0)である。ここで X は位相空間であり x0 は X 内の点である。 (X, x0) から (Y, y0) への射は、f(x0) = y0 となるような連続写像 f : X → Y によって与えられる。
点つき位相空間 (X, x0) に対して、x0 を基点とするXの基本群π1(X, x0) が x0 を基点とするX内のループのホモトピー類のなす群として定義できる。 もし f : X → Y が点つき位相空間の射ならば、 X における、x0 を基点とした全ての閉道 は、y0 を基点とする Y における閉道をもたらすような f によって構成される。この操作はホモトピー同値な関係と閉道の合成によって置き換えることができ、結果として π(X, x0) から π(Y, y0) への群の準同型写像を得る。ここから、点つき位相空間の圏から群の圏への関手が得られる。
基点を特に指定しない位相空間の圏では一般のパスについて(端点を固定した)ホモトピー類を考えることができる。こうして位相空間の圏から小さな圏の圏への共変関手である基本亜群 Π が得られるが、これはXのそれぞれの点を基点にして得られる基本群と、パスの合成によって与えられる基点の取り替えを表現していると見なせる。連続写像 f: X → Y に対応する射 Π は圏 ΠX から圏 ΠY への関手になっている。
- 導来関手 (derived functor)
アーベル圏の上の(コ)ホモロジー的関手はしばしば片側完全関手の導来関手として定式化される。
- 忘却関手 (forgetful functor) と自由関手 (free funtor)
Cが、Dの対象のうちでさらに付加的な構造を持つものの圏として定式化されているとき、Cの対象の付加的な構造を無視することでCからDへの忘却関手を考えることができる。忘却関手の左随伴艦種になっているような関手は自由関手とよばれる。
例えば複素数体上のベクトル空間の圏において、各ベクトル空間を単に集合と見なし、各線形写像を単に集合間の写像と見なして集合の圏への忘却関手を構成できる。各集合に対してそのその元の形式的な一次結合の空間を考えることで、この忘却関手に体する左随伴関手が構成される。
[編集] 関連する項目
- カン拡張
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