アダルトチルドレン
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アダルトチルドレンは、子供の成育に悪影響を与える親(アルコール依存症やドメスティック・バイオレンスなど)のもとで育ち、成長してもなお精神的影響を受けつづける人々のこと。学術的な言葉ではなく、定義は時代によって変遷している。AC ともいう。
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[編集] 定義の変遷
原義は「アルコール依存症の親のもとで育ち、成人した人々」を指す言葉(Adult Children of Alcoholics, ACA, ACoA)である。1970年代、アメリカの社会福祉援助などケースワークの現場の人たちが、自分たちの経験から得た知識で、名づけて呼び始めたものである。学術的な言葉ではない。したがって背景にある社会や現場の状況の変化にともなって、定義が少しずつ変わってきている。
その後、アルコール依存症の親ばかりでなく、広義的に「子供の成育に悪影響を与える親のもとで育ち、成長してもなお精神的影響を受けつづける人々」もアダルトチルドレンの範疇に含める考え方が登場した。クラウディア・ブラックがその提唱者の代表格である。この場合「Adult Children of Dysfunctional Family, and or AC of Divorce, ACoD ……機能不全家族(不健全な親の家庭)・離婚家庭、のもとで育ち成人した人々」と言われ、現在ではもっぱらACというとこのケースを指す。ただし、この定義によるACである人は、ただちに社会生活に支障があるわけではなく、むしろ自分自身がACであることを自覚せず大して苦にもしない人々が大多数であり、一般成人の6~7割がACといわれている。そのごく一部が心的ダメージが強くメンタルケアが必要とされる。
そして、徐々にメンタルケア(心理療法)が必要な人をACと呼ぶようになってきている。つまりメンタルケアの現場では、「幼少時代から親から正当な愛情を受けられず、身体的・精神・心理的虐待を受け続けて成人し、社会生活に対する違和感があったり子供時代の心的ダメージに悩み、苦しみをもつ人々」の総称と解釈されることがあるということ。「あなたはACです」と宣告される場合は、メンタルケアが必要な状態であるケースが多い。
[編集] 主な現象と注目点
[編集] 条件付きの愛情
親の愛情が、無条件の愛ではなく何らかの付帯義務を負わせる「条件付きの愛」であることが問題となる。これが継続的に行使される家庭では、子どもは親の愛を受けるために常に親の意向に従わなければならず、親との関係維持のために生きるようになり、この時点で親子関係は不健全であるといえる。主に幼少期からこうした手段が用いられ始め、子どもの精神を支配する手段として愛情を制限する。
この手段は子どもが成人する段階になっても継続され、引き続き成人した子ども(Adult Children)の精神を支配する。実はこの状況は非常に多くの家庭に存在しており、子どもは常に不健全な状況にさらされている。しかし、第三者からは一見してこのような家庭はなんら問題のない普通の家庭として認識される場合が非常に多く、「条件付きの愛」は普通と称される家庭の病理性の深さを象徴する現象であり、最も基本的な精神的虐待である。しかし現実に、無条件の愛を常に実行できるかというとこれはきわめて難しく、健全な家庭を目指すには、いかに「条件付きの愛」を減らせるかという程度問題に注視されるものである。
[編集] 虐待について
家庭内環境において、身体的虐待は暴力や近親姦などで顕在化しやすいが、親から子への愛情の不足や心理的虐待は第三者からは非常に察知しづらい面が問題とされる。特に精神的虐待を行っている親当人は自身の子供に対する言動が、虐待であることに気づいていないケースが多い。よって肝心の幼少期・成長期に問題を発見することは非常に困難である。よって成人し自立した後、年齢を問わずACの苦しみの出現によって、精神的疾病にまで発展することもある。
精神的虐待は、しつけか虐待かの境界線が重要な注目点である。その判断は、あくまで親の処置を子供がどのように受け取っているか、という立場で点検する。特に親の側が良かれと思い対処したことが、子供にとっては強要と解釈されるケースを注目する。強要と受け取られた場合、場合によって子供の心に萎縮をまねき、結果として精神的虐待となる。この意思疎通のズレが問題とされる。
[編集] 共依存
ACの精神的虐待の象徴的特徴として、共依存 (co-dependency) があげられる。典型的な例として、親が強力に子供の精神を支配する行動が、子供の方も支配されたいという特異な感情を生み出し、親も子供も支配し支配されることに奇妙な安心感を見出して、支配を通して相互依存するという現象がある。これは子供にとって支配に反抗するより支配を受け入れる方が家庭内で波風を起こさなくて済むため、平穏な環境でいるためのサバイバル手段と解釈されている。通常、子供はある年齢に達すると親の支配から脱しようと試みるのが自然な形態であるが、この相互依存関係が強い場合親子関係は成人してもなお、支配の相互関係という不健全な状態が続く。よりわかりやすい表現で表せば、子離れせずに子供を人生の目的とし続ける親とそれを受け入れ続けざるを得ない精神構造を埋め込まれた子供、ということになる。これがひどい場合は親が死亡するまで関係を健全化することができず、極端な例として女性の場合は母親が死ぬまでともに暮らす、つまり一生結婚の機会を奪われることもある。
[編集] 学術的な立場について
[編集] AC理論と医学界
全般的に日本の精神医学界ではAC理論とは距離を取っている。それは前述のACの定義から、社会でACは多数派であり、ACであっても社会生活に当面支障のない人が大半であることが理由とされている。心的苦しみが極度に進行し精神科的治療が必要な症例だけに虐待や喪失体験による心的障害として位置づけられている。したがって「ACとは病気ではない」という見方をする。しかし一部にAC理論を正面から受け入れ、カウンセラーも兼任して患者と向きあい治療を行っている医師もいる。
[編集] ACと社会問題について
現在の社会問題である、子供の不登校・引きこもり・家庭内暴力・若者がキレる・凶悪犯罪、などの現象はAC理論と密接に結びついてるという見方が固まりつつある。これまでは、それぞれの現象は個別に研究されている傾向があったが、主としてメンタルケアを直接行っているカウンセラーなどのあいだで、児童期の養育環境・親子関係の問題として統合される過程にある。
[編集] 著作活動による社会への理解
ACに関する文献は米英国を中心にいくつか出版され、国内ではそうした文献を翻訳していく中で、アルコール依存症(アル中)の患者の治療で定評のある斎藤学の著作から広まっていったが、その本来のアルコール依存の人を主にする機能不全家族の中での幼少期のストレス体験という意味から離れて、恣意的な意味でマスコミで流布するようになり、斎藤学は、自らこの語を使うことを一切やめ、自らの開いた家族機能研究所も、この言葉との関係を現在では絶っている。
90年代後半に入り、不景気と就職難を背景に社会的にメンタルな病気の増大とともに、ACも再度注目をうけるようになり、斎藤学、西尾和美、信田さよこなどの著作や、いくつかの米英国人の著作を通してアダルトチルドレンの認識が広がりつつあるが、マスコミによる誤認情報の流布の影響もあり、AC問題はいまだマイノリティーといわざるを得ない。しかし、医療機関に属する心理カウンセラーの間では既にAC問題は常識となっており主な受け皿となっている。またACODAなどの全国自助グループもあり全都道府県で自助活動が行われ、まだまだ表舞台にいるとは云えないが、全国のAC問題を抱える人にとって一助となっている。
[編集] ACへの批判
AC問題は世間一般ではかなり誤解を受けており、批判も受けている。簡単な誤解としては「子どものような大人」、「大人になりきれていない未熟な人」などである。批判としては「いい年をして自分の人格未熟な部分を親のせいにするな」が代表的な例である。こうした誤解・批判がAC問題に悩む人にとって解決への大きな足かせとなっている。ただし、AC自認者の一部にACを特権・免罪符と勘違いしているトラブルメーカーも存在しているため、前述の批判が必ずしも的外れとはいえないこともある。専門家側からは概念の曖昧さが指摘されたり、ACOAと非ACOAの差が見られないとする研究結果が報告されており、日本では精神分析学に批判的な岩波明や矢幡洋などの精神科医や心理士がAC概念の有用性に疑問視している。
[編集] ACの主要な特徴
- 正しいと思われることにも疑いをもつ
- 最初から最後まで、ひとつのことをやり抜くことが難しい
- 本音を言えるような場面で嘘をつく
- 自分を情け容赦なく批判する
- 自分のことを深刻に考え過ぎる
- 様々なことを楽しむことができない
- 他人と親密な(心の通った)関係がもてない
- 環境の変化に過剰反応する
- 常に他人から肯定され、受け入れられることを求めている
- 自分は他人とは違っていると感じている
- 過剰に責任をもったり、過剰に無責任になったりする
- 従うことに価値がない場面でも、従いがちである
- 衝動的で、ひとつのことに閉じこもる
その他にも
- 離人感、自分が自分でなくなるような感覚
- 身体性が希薄
- 他人への依存
- 自立的な判断と思考の欠如・周囲の期待に合わせようとする
- ストレートに「いやです」が言えない
- 甘えと愛情、依存としがみつきの区別がつかない
- 妄想を持つことがある
- 喜怒哀楽の表現が不得手
- 楽しむこと、遊ぶことがうまくできない
- 自分を殺して、違う自分に成り代わり、期待されている自分を演技してしまう
- 他人からの承認を必要とする
- 自己処罰癖、自罰傾向がある
- 無力感を訴え、心身症に陥りやすい
などがある。
[編集] 特徴的な心理パターン
- 自分の判断に自信がもてない
- 常に他人の賛同と称賛を必要とする
- 自分は他人と違っていると思い込みやすい
- 傷つきやすく、閉じこもりがち
- 孤独感、自己疎外感が強い
- 感情の波が激しい
- 物事を最後までやり遂げることが困難
- 習慣的に嘘をついてしまう
- 罪悪感をもちやすく、自罰的、自虐的
- 過剰に自責的な一方で無責任
- 自己感情の認識、表現、統制が下手
- 自分にはどうにもできないことに過剰反応する
- 世話やきに熱中しやすい
- 必要以上に自己犠牲的
- 物事にのめり込みやすく、方向転換が困難
- 衝動的、行動的。そのためのトラブルが多い
- 他人に依存的、または逆に極めて支配的
- リラックスして楽しむことができない
[編集] ACの習慣化された思考
- 先取り不安と時間感覚の障害
- まだ起っていない悪い未来への不安に縛られてしまう。また「自分の将来に待っているのは悪い未来ばかり」としか思えない。
- 見捨てられ不安
- 良い子の自分でいないと、好きな人から嫌われてしまうし、愛してもらえないと思う。
- マインド・リーディング
- 相手の言動や表情から「自分はイヤがられている」「私がこの人を不快にさせてしまった」など悪い答えばかりを引き出してしまう読心術。
- 承認欲求と愛されたい願望
- 「認められたい」「愛されたい」という他者への過度の欲求で、自分自身を混乱させてしまう。
- テスティング
- 相手を困らせたり不快がらせる言動をわざとして、自分への愛情度を測る「試し行動」。
- 親密感と距離感の問題
- 他者との関係が、くっつき過ぎか離れ過ぎかのどちらかになってしまい適度な距離感が実感できず、維持できない。
- 対人恐怖
- むしろ相手との関係が親密になってゆく過程で出てくる問題で、表面的な関係では極度な対人緊張として感じる。
- 自他の境界線の問題
- 他者の感情や行動上の問題に、自ら巻き込まれてしまう。あるいは逆に自分の 感情や行動へ相手を巻き込んでしまう。
- 白黒思考
- オール・オア・ナッシングで、自分の中にいつも二者択一の選択肢しかない。
- 完璧主義
- 白黒思考と似た考え方で、「すべての準備」 や「成功への約束」が整わないと、何もしない完璧主義者になりやすい。過剰に自責的な一方で無責任とも言える。
- パワーゲーム思考
- 人間関係を「優・劣」「上・下」「勝ち・負け」の尺度で見てしまう。しかも多くの場合、自分が「劣」「下」「負け」側になっている。
- 自己主張の問題
- 嫌なことを「イヤ」と相手に言えなかったり、正当な欲求や要求を「自分のわがまま」だと思い込んでしまい、言葉にして伝えることができない。
- 責任感の問題
- 「この場をつまらなくさせているのは自分がいるからだ」など、過剰で不要な責任を感じてしまう反面 、果たす必要がある責任を放棄してしまう。
- 自分の感覚や感情への不確実感
- 「嫌だ」「好きだ」と感じた自分の感覚や、怒りなどの自分の感情に「そう感じた通りで正しい」と いう実感がもちにくい。
この他にも
- 怒りの感情と、その表現の仕方(伝え方)の問題
- 淋しさの感情と、その感情とのつきあい方の問題
- 問題自体の否認やコントロール欲求の強さ
などが報告されている。
[編集] ACの役割
ACは家で生き延びるための役割を背負ってしまっている。役割を背負った子供は、子供として楽しい子供時代を過ごすことはできず、自分の感情を押し殺し、傷ついていく。
- ヒーロー
- 家の問題を隠蔽するために家の外でがむしゃらに活躍する。あるいは世間に注目されることで、両親の関係を取り持ち、家の問題を表沙汰にできなくさせる。 しかし反面、すべてを犠牲にして実績をあげるために心の温かさをはぐくむことができない。
- スケープ・ゴート
- 自らの生贄。家の問題を「すべてはこの子のせい」という幻想を抱かせ家族の真の崩壊を防いでいる。暴れたり問題を起こす役割であると同時に怪我や病気、精神病・人格障害を背負うをすることさえも役割の一環。家庭の内外で虐待・いじめのターゲットになりやすい子でもある。体を張って家庭の問題を外に出すことが最終的な役割。
- リトル・ナース
- 長女に多く、犠牲になった家族を守り、世話する。
- イネイブラー
- 偽せ親。親の配偶者役、未熟な親に代わって兄弟の親をやってしまう子。
- プラケーター
- 小さいカウンセラー。暗い顔をして溜息をついている親(多くは母親)を慰める。末っ子に多い。
- ピエロ
- 1人でふざけておどけたり、バカなことをしでかしては、関心を自分に引き寄せ、兄弟姉妹が犠牲者になるのを阻止する。
- ロスト・ワン
- いない子。家族内の人間関係を離れ、身の安全を守るため見ざる聞かざる言わざる役に徹してしまう。
- ロンリー
- 家族に理解されない悲しみを背負い、ひきこもる。
- プリンス/プリンセス
- 意思を無視して思い切り溺愛され、人形のように可愛がられ、甘やかされて育つ子。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 21世紀家族研究所
- 家族機能研究所
- Recovery Note - AC(アダルトチルドレン)、家族内トラウマ・サバイバーのためのホームページ
- アダルトチルドレン アダルトチルドレンの概要、心の傷が生み出す病、回復方法について解説。アダルトチルドレン、世代間連鎖断つ方法や虐待の関連書籍も紹介。
[編集] 関連著作
- 斎藤学『アダルトチルドレンと家族』学陽書房
- 斎藤学『家族依存症』新潮文庫
- 斎藤学『「家族」はこわい』新潮文庫
- 西尾和美『アダルトチルドレンと癒し』学陽書房
- 西尾和美『心の傷を癒すカウンセリング366日』講談社+α文庫
- 西尾和美『機能不全家族』講談社
- 信田さよ子『アダルトチルドレンという物語』文春文庫
- 信田さよ子『愛情という名の支配』海竜社
- 赤木かん子『こころの傷を読み解くための800冊の本』自由国民社
- 西山明『アダルト・チルドレン 自信はないけど、生きていく』三五館 1995年 ISBN 4883200663
- 熊田一雄『“男らしさ”という病?ーポップ・カルチャーの新・男性学』風媒社
- クラウディア・ブラック『子どもを生きればおとなになれる』アスク・ヒューマン・ケア
- クラウディア・ブラック『もちきれない荷物をかかえたあなたへ』アスク・ヒューマン・ケア
- クラウディア・ブラック『私は親のようにならない』誠信書房
- スーザン・フォワード『毒になる親』講談社
- マーガレット・ラインホルド『親から自分をとり戻すための本』朝日文庫
- ジョン・ブラッドショー『インナーチャイルド-本当のあなたを取り戻す方法』日本放送出版協会