アッシュールナツィルパル2世
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アッシュールナツィルパル(Ashurnasirpal II、在位:紀元前883年 - 紀元前859年)は新アッシリア王国時代のアッシリアの王である。新都カルフ(ニムルド)を建設した事で知られる。アッカド語ではアッシュール・ナツィル・アプリ(Ashur nasir apli)と表記され、「アッシュール神は後継者を守護する」の意味である。
[編集] 来歴
トゥクルティ・ニヌルタ2世の息子として生まれた。父王の代に強化されたアッシリアを更に強大化した。紀元前883年に即位してから17年間に14回の遠征を行ったと言う。シリア東部や、カルケミシュに進軍したほか、ザグロス山脈方面にも出兵している。彼は征服した領土の統治方法として、現地の王に貢納を課すのではなくアッシリア人の総督を派遣する方法を多く用い、以後アッシリア王国の地方統治の判となった。ただし、従属する限りにおいては伝統的な権利を認められた地方君主も多い。
彼は古来よりアッシリアの首都であったアッシュールに代わる新都カルフ(ニムルド)を建設した。この都市の遺跡からは彼にまつわる数多くの遺物が出土しており、その中にはアッシリア式の建築様式として有名な人頭有翼獣の像などを施したものとして最も古い宮殿が含まれる。この町は以後サルゴン2世がドゥル・シャルキンに遷都するまでアッシリアの首都として機能した。
彼は敵を如何に残酷に扱ったかを誇る文章や浮き彫りを残しており、一説には他者を威圧するための政治宣伝であったとも言われる。
死後、息子のシャルマネセル3世が王位を継いだ。