オプス・クラヴィチェンバリスティクム
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オプス・クラヴィチェンバリスティクム(原題:Opus Clavicembalisticum)はカイホスルー・シャプルジ・ソラブジによって作曲されたピアノ独奏曲である。1930年6月26日に完成した。4時間弱を要する演奏時間に加え、ピアノ奏者に要求する極端な演奏技術を特徴とする。
目次 |
[編集] 概要
以前は「最も演奏時間の長いピアノ曲」としてギネスブックに掲載されたこともあったが、実際には484ページの手稿と8時間の演奏時間を持つソラブジ後年の作品「交響的変奏曲」や、同等の演奏時間を誇るフレデリック・ジェフスキーの「道」など、更に長大な作品が存在する。また、1980年代までは、「これまでに書かれた中で最も難しいピアノ曲である」と認識されることも多く、難易度と複雑性に於いては他のどの作品にも引けを取らないとされていたが、現在では楽譜と音源の入手が容易となり、挑戦するピアニストが増加しつつある。
フェルッチョ・ブゾーニの「対位法的幻想曲」へのオマージュであると見る向きもある。ソラブジの創作の第一期の総決算とも、第二期の序章であるとも言われるが、作曲者の総力をつぎ込んだ最初の作品であることに異論はなく、これ以後ソラブジ作品の演奏時間は長大化と微小化の両面を兼ねる形で進行する。
作品は以下の12の部分より構成される。
- Introito
- Preludio Corale
- Fuga I
- Fantasia
- Fuga A Due Soggetti
- Interludium Primum (Thema Cum XLIV Variationibus)
- Cadenza I
- Fuga A Tre Soggetti
- Interludium Alterum (Toccata: Adagio. Passacaglia Cum LXXXI Variationibus)
- Cadenza II
- Fuga A Quattro Soggetti
- Coda Stretta
ソラブジはこの巨大作品の完成にあたり、友人の一人に次のような手紙を書いている。
頭が壊れそうで、悪寒で全身ががたがたと震えながら書いています。今日の昼過ぎに、クラヴィチェンバリスティクムを書き終えました……最後の4ページはいままでの私の作品にないほど、カタクリズミックで、カタストロフィックな[激動、激変する]ものです。和音は硝酸のように刺激し、対旋律が神の水車のようにじりじりと回るのです。(With a wracking head and literally my whole body shaking as with ague I write this and tell you I have just this afternoon early finished Clavicembalisticum... The closing 4 pages are so cataclysmic and catastrophic as anything I've ever done — the harmony bites like nitric acid - the counterpoint grinds like the mills of God...)
確かに最終4ページでは、これまでに未だ考えられることのなかった極端に演奏困難なパッセージが雨あられと降り注ぎ、聴き手を圧倒させて擬似クラスター音響で終結する。どう考えても運指法が非人間的にならざるを得ず、「ここで現存する全てのピアニストを屈服させよう」というソラブジの意志を感じ取ることができる。この部分の演奏は通常テンポを落として演奏可能な範囲で処理することが多い。
ソラブジは音量で制する演奏を好まなかったにもかかわらず、楽譜には大量のアクセント記号と轟音を指定するfffffの指示も稀ではない。このあたりに作曲者の持つ不可解な矛盾が感じられる。
ポスト・スクリャービン的な和声からの脱却を目指して、オクターブに支えられた音の塊が全音域を暴れまわり、過剰ではあるもののやや下品な印象も受けることがある。第二間奏のパッサカリアの部分では、和声イディオムが成長する過程を存分に堪能することができる。
[編集] 演奏
オプス・クラヴィチェンバリスティクムが実際に公開演奏されることは、作曲者の出した不可解な演奏禁止令のため稀であった。1930年にソラブジ本人の手によって初演されたが、その次の公開演奏は1982年にオーストラリア出身のジェフリー・ダグラス・マッジが行った計5回の演奏会(パリ、シカゴ、モントリオール、ユトレヒト、ボン)まで待たなければならない。
ジョン・オグドンは1950年代後半にソラブジの前で全曲を私的に演奏したが、ソラブジ本人からのOKが得られなかった。マッジも1960年に私的に演奏を試みたものの、当時は公開演奏は作曲者の手で全て禁じられていた。結局ソラブジ本人が折れて両者の公開演奏が実現し、録音はマッジとジョン・オグドンによる2種が存在する。
マッジのCDの発売後ベルリン・ビエンナーレのプロデューサーの目にとまり、「ぜひベルリン初演を」という要望にこたえた形で2002年にベルリン初演が実現した。ヨハン・ゼバスティアン・バッハを敬愛しつづけたソラブジの遺志にも答え、その時にはマッジはバッハの平均律クラヴィーア曲集の一巻と二巻の各全曲演奏も行った。
近年ではジョナサン・パウエルがこの作品で2003年に演奏ツアーを行い、ジャン=ジャック・シュミットがBiennale Bern 03で一部を演奏し、中村和枝も六甲のテアトルラモーで抜粋演奏を行った。ダーン・ファンデワレの全曲演奏も話題となった。ジョン・キャリーはYamahaのDisklavierで全曲を演奏させるプロジェクトを進行中である。
[編集] 楽譜
出版楽譜のエラー表は作られているが、これ以外にもエラーが存在するという説がある。自筆譜からもう1回清書譜を起こさなければならないのではという見方が有力である。作曲者は23部しか初版を印刷しなかった。現在ではそのうちの数部が完全な形で現存し、作曲者自身のエラー校正の痕跡が見られる。現行の出版譜もこの痕跡が見られたもののコピーに拠る。この点チャールズ・アイヴズのエラー解釈〔楽譜の矛盾〕とは違ってオーソドックスである。