ギブズ現象
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ギブズ現象(-げんしょう。別名: リンギング)は、アメリカ合衆国の物理学者ジョシュア・ウィラード・ギブズにちなんだ名称で、区分的連続微分可能な周期関数 f のフーリエ級数において、その関数が第1種不連続 ("discontinuity of the first kind" 又は "jump discontinuity") となる点付近では、フーリエ級数の n 次部分和が大きく振動して、部分和の最大値が関数自体の最大値より大きくなってしまうことがあると云う、フーリエ級数の奇妙な振る舞いのことを指す。この超過量は、高調波の周波数(つまり、部分和の項数)が増えても無くならず、ある有限極限値に近づく。日本語表記として「ギブズの現象」、「ギブス現象」、「ギブスの現象」とされることもある。
右の3つの図は、矩形波(そのフーリエ展開は以下の通り)に就いて、ギブズ現象を示したものである。
より詳細に説明すると、この関数 f は、全ての整数 n の各々に対して次のようになる。
従って、この矩形波は、 変数値 x が π の整数倍になる全ての点において不連続であり、高さ π / 2 の跳びを有する。
図から判るように、部分和の項数が増えるに連れて、近似誤差は幅、エネルギーとも減少するが、その高さは固定値に収束する。矩形波に就いて計算すると (ジグムンド --Zygmund-- の著作の 第8章第5節、又は、本稿の後方部分に書かれている計算を参照されたい)、この誤差の高さの極限値を与える明示的な式が得られる。これから、フーリエ級数は、矩形波の高さ π / 4 を、次の式で与えられる量だけ超過することが分かる。
より一般的には、大きさ a の跳びを有する、区分的連続微分可能な関数の任意の第1種不連続点において、その関数のフーリエ級数の n 次部分和( n は、非常に大きいとする)は、跳びが起こる一方の端では、約 0.089490...a だけ大きくなりすぎ、他方の端では、同じ分量だけ小さくなりすぎる。従って、フーリエ級数の部分和の「跳び」は、元の関数の跳びより約 18% 大きくなる。不連続点自体では、フーリエ級数の部分和は、跳びの中点に収束して行く(これは、元の関数がこの点で如何なる値を実際に取るかとは無関係である)。値、
は、「ウィルブラハム=ギブズ定数 (Wilbraham-Gibbs constant)」と呼ばれることもある。
ギブズ現象は、アルバート・マイケルソンにより、グラフ作成機において最初に発見された。マイケルソンは、1898年に、フーリエ級数を計算・再合成する機械的装置を開発したが、矩形波を装置に入力すると、グラフは、不連続点付近で行ったり来たりしようとするのだった。これは、発生すると、フーリエ係数の個数が無限大に近づいても持続するようだった。
この現象を始めて数学的に説明したのが、ジョシュア・ウィラード・ギブズだった(1899年)。大まかな表現をするなら、この現象は、不連続関数を連続関数である正弦波関数及び余弦波関数からなる級数で近似することに内在する困難の現われである。それは、また、或る関数のフーリエ係数が次数の増大に応じて減衰していく仕方が、その関数の滑らかさに従うと云う原則に、緊密に関係している。非常に滑らかな関数では、そのフーリエ係数は非常に急速に減衰する(そして、フーリエ級数は非常に急速に収束する)。これに対し、不連続関数では、フーリエ係数の減衰は非常に緩やかである(従って、フーリエ級数の収束は非常に緩慢である)。例えば、不連続である上記の矩形波のフーリエ係数 は、絶対収束級数ではない調和級数程度の速さでしか減衰しない。実際、上記のフーリエ級数は、変数 x のほとんど全ての値で、条件収束するだけであることが分っている。このことは、ギブス現象が何故起こるのかと云うことの一端を説明する。それは、絶対収束するフーリエ係数を有するフーリエ級数は、ワイエルシュトラスの判定法により一様収束する訣だから、上述のような振動を起こすことはありえないからである。同じ理由で、不連続関数は、絶対収束するフーリエ係数を持つのは不可能である。何故なら、もしそうした関数が存在したとしたら、それは、連続関数列の一様極限になるので、連続関数でなければならなくなり、矛盾が生じるからである。フーリエ級数の絶対収束に就いて更に知りたい場合はこちらを参照されたい。
実際上は、ギブズ現象による問題は、フェイエール総和法 (Fejer summation) 又は リース総和法 (Riesz summation) 等のフーリエ級数の総和法における平滑化を行ったり、シグマ近似 (sigma-approximation)を行ったりするなら、改善できる。また、フーリエ変換の代わりに、ウェーブレット変換を用いるなら、ギブズ現象は発生しなくなる。
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[編集] ギブス現象の正式な数学的記述
を、或る期間 L > 0 を周期とする区分的連続微分可能な周期関数とする。或る点 x0 において、関数 f の左極限
と右極限
とが、ゼロでない「跳び」 a だけ食い違っているものとする。つまり:
正整数 の各々に対して、SNf を、フーリエ級数の N 次部分和とする。つまり:
ここで、フーリエ係数 は、次の通常通りの式で与えらたものである。
従って、次の式が得られる:
及び
しかし
より一般的には、もし の時、xN が x0 に収束する任意の実数列であるとし、また跳び a が正であるとすると、次のようになる。
及び
跳び a が負である場合には、上の2つの不等式において、上極限 (limit superior) と下極限 (limit inferior)とを交換し、そして ≤ 記号と ≥ 記号とを交換する必要がある。
[編集] 矩形波の場合
上述の矩形波の場合に就いて、ギブズ現象が如何なるものか説明する。この場合、周期 L は、2π であり、不連続点 x0 は 0 であり、跳び a は π / 2 に等しい。 議論を単純にするため、N が偶数の場合だけを扱うことにする(N が奇数の場合の議論も、全く同様にできる)。そこで、N 次部分和は次のようになる(N は偶数なので、この例では、N 次高調波成分は存在しない)。
そこで、x = 0 を代入すると、既述のように
が得られる。次に、式
を計算するのだが、この式は、sinc関数 を用いると、次のように表わせる。
しかし、角括弧内の式は、積分 の数値積分近似である(より正確には、間隔 2π / N による中点法則近似である)。sinc 関数は、連続だから、
の時、この近似は実際の積分値に近づいて行く。従って、次が得られる。
これは、前のセクションで示された通りのものである。同様の計算で次のものが得られる。
[編集] 以下も参照
- 多項式近似における ルンゲ現象 (Runge's phenomenon) と比較されたい。
- シグマ近似 (Sigma approximation)
- 矩形波
[編集] 出版物
- Gibbs, J. W., "Fourier Series". Nature 59, 200 and 606, 1899. (J.W.ギブズ「フーリエ級数」)
- Antoni Zygmund, Trigonometrical series, Dover publications, 1955. (アントーニ・ジグムンド (Antoni Zygmund)。「三角級数」)
- Wilbraham, H. On a certain periodic function, Cambridge and Dublin Math. J., 3 (1848), pp. 198-201. (H.ウィルブラハム 「或る周期関数に就いて」)
[編集] 外部リンク及び参考文献
- Braennlund, Johan, "Why are sine waves fundamental". (正弦波が基本的となる理由)
- Weisstein, Eric W., "Gibbs Phenomenon". From MathWorld--A Wolfram Web Resource. (ギブズ現象)
- Prandoni, Paolo, "Gibbs Phenomenon". (ギブズ現象)
- Radaelli-Sanchez, Ricardo, and Richard Baraniuk, "Gibbs Phenomenon". コネクション・プロジェクト。利用にはクリエイティブ・コモンズによる著作権帰属表示要。(ギブズ現象)
- Pavel, "Gibbs phenomenon". math.mit.edu. (Java applet) (ギブズ現象)