グリース
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グリース (grease) は潤滑剤の一種で、油よりも粘度が高く、基本的にはカルシウム、ナトリウム、リチウムの石鹸(脂肪酸の塩)を鉱油中に乳化させ、ゼリー状にしたものからなる。
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[編集] 性質
グリースは構造粘性を持つ非ニュートン性流体に分類される。すなわち、せん断されると粘度が低下する(ずり流動化)。せん断するのに十分な力が加えられると粘度が落ち、分散媒である鉱油(重加重用の極圧 (EP) グリースの場合は EP 添加物)と同程度になる。ずり応力が突然上がるためグリースは塑性流体であり、また、ずり速度を変化させた場合に対するずり応力の変化が一意にならない性質(揺変性、チクソトロピー)も持つ。
[編集] 用途
高い圧力がかかる部位、ベアリングからのオイル漏れを防ぐ目的、あるいは接触する面が動くために潤滑剤の膜を付着した状態に保つのが難しいベアリングの部位に用いられる。グリースを付けたベアリングは動作を開始する際の摩擦が大きくなるが、せん断中には粘度は低下してグリースの主成分である鉱油と同程度になるため、潤滑油と同様の効果を示す。カルシウムまたはナトリウムの塩を使ったグリースが最も一般的である。ナトリウム塩のグリースはカルシウム塩の物に比べて融点が高いが、水には弱い。リチウム塩のグリースは 190 から 220 ℃ の滴点を持ち、耐水性もあるためガレージドアオープナーなどの家庭用潤滑剤として利用される。
グリースガンを使って塗布されることも多い。
[編集] 添加剤
いくつかのグリースには性能を向上させるためにテフロンが加えられている。ギア用グリースは生石灰(酸化カルシウム)を混合して鉱油で薄めたロジンと数パーセントの水からなる。特殊な用途を持つグリースにはグリセリンやソルビタンエステルが添加されており、低温条件などで使用される。「極圧 (EP, extra pressure)」と名づけられたグリースは高い圧や負荷がかかる場合のためのものであり、普通の物では圧縮により塗布した部品が接触して摩擦や磨耗が起こってしまうようなときに用いる。極圧グリースには通常グラファイトや二硫化モリブデンといった固体潤滑剤が含まれている。固体潤滑剤は金属の表面に結合し、金属面が互いに接触すること、および潤滑剤の膜が薄くなりすぎた際に摩擦・磨耗が起こるのを防ぐ。
[編集] その他のグリース
上記のもの以外に、室温では柔らかい固体であるような潤滑剤もしばしばグリースと呼ばれる。しかしながら、それらは油・脂肪酸塩グリースとは異なり塑性流体であるとは限らない。ワセリンのような石油ゼリーもグリースと呼ばれることがあり、食品類を扱うような機械・装置に一般的に用いられている。
[編集] シリコングリース
シリコングリースは不定形シリカフュームを添加したポリシロキサン化合物であり、潤滑剤として用いられ、腐食されにくい。油を主成分としないためゴムシールなど油に弱い部位にしばしば使われる。高温でも安定であり、純粋な形で、または酸化亜鉛等熱伝導率の高い粒子を添加してコンピュータの CPU 用のヒートシンクを接着する際等に使われる。
[編集] フルオロエーテルグリース
エーテル (C−O−C) 結合を持つフッ素樹脂は柔軟性に富み、化学的に安定であることから環境調和型のグリースとしてしばしば使用される。デュポン社のクライトックス (Krytox) などが知られる。
[編集] 実験室用グリース
アピエゾン (Apiezon)、シリコングリース、フルオロエーテルグリースがコックやガラス器具のすり合わせ用の潤滑剤として一般的に用いられる。グリースはすり合わせが固まって取れなくなるのを防いだり、高真空系で空気が漏れるのを防ぐ。
アピエゾンや類似の炭化水素を主成分とするグリースは高真空を作る際に最も適している。また、大部分の有機溶媒に可溶である。そのためペンタンやヘキサンを使ってふき取るのが容易だが、反応混合物を汚染しやすい。
シリコングリースはアピエゾンやフルオロエーテルグリースよりも安価である。比較的不活性であり、普通は反応に影響を及ぼすことはないが、これも反応混合物を汚染しやすく、化合物の構造決定に用いられる 1H NMR で δ 0 付近のピークとして検出される。溶媒を使ってふき取るか、細かい構造を持つ器具の場合はアルカリバスに浸すことによって除去できる。
フルオロエーテルグリースは溶媒、酸、塩基、酸化剤に対して安定である。しかしながら高価であり、また除去するのが困難である。
[編集] 水溶性グリース類
グリースが持つ潤滑剤としての性能や高い粘度を有し、かつ毒性が無く油を主成分としない物質が必要とされる場合がある。カルボキシメチルセルロース (carboxymethyl cellulose, CMC) はそのような場合に用いられる水溶性グリース類の1つである。CMC は溶液のけん濁剤および潤滑剤として使われ、さらに潤滑能が求められる場合はシリコングリースが添加される。外科的処置やパーソナル・ルブリカント (personal lubricant) として用いられるこの種の潤滑剤のうち、最も一般的なものはKYゼリーである。