シリントーン
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シリントーン内親王(Maha Chakri Sirindhorn,Her Royal Highness สมเด็จพระเจ้าลูกเธอเจ้าฟ้าสิรินธรเทพรัตนสุดา ฯ、1955年4月2日-)は、タイ王国・君主ラーマ9世(プーミポン・アドゥンラヤデート)とシリキット王妃の間に生まれた次女(第3子)。タイ人の間では皇太子名の一部、プラ・テープ( พระเทพ)の名前で呼ばれる。
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[編集] 伝記
シリントーン内親王は1973年にチュラーロンコーン大学文学部へ進学。王室初の国内大学進学者である。1977年大学を卒業、皇太子に任命されソムデットプラ・テープラッタナラーチャスダーサヤームボーロムラーチャクマーリー(สมเด็จพระเทพรัตนราชสุดาสยามบรมราชกุมารี)の名前を得た。同年、チュラーロンコーン大学、シラパコーン大学、シーナカリン・ウィロート大学に進み学業を続けた。陸軍士官学校の教師も務める。
[編集] 業績
タイではシリントーン内親王は情報技術の発展に力を入れており、農村の小学校にパソコンを寄付したり、教育機関がパソコンを導入するとそこに赴くなど精力的である。このため情報技術の王女と呼ばれることもある。
シリントーン内親王の興味の対象が元々文学であったことから、言語学にも興味を示し言語学の学位も持っている。古言語としてサンスクリット=パーリ語、古代クメール語などに精通。欧米の言語としては英語、フランス語に通じ、またドイツ語、ラテン語などを学んだこともある。中国の文化には特に興味を持っており、中国語を操ることが出来るほか、中国を頻繁に訪れ中国文化の研究も行っている。
これらのアカデミックな活動から学術施設にはシリントーン内親王の名を冠したものが多く、その数は他の兄弟王族を上回っている。
一方で1990年代以降、高齢のラーマ9世やシリキット王妃に代わって、地方視察の公務を行っている。地方視察では他の王族とちがい笑顔が多く、気さくに振る舞うことから、人気が高い。この人気は同じ皇太子である兄ワチラーロンコーン親王の人気を上回っていることから、次期国王にはシリントーン内親王を望む声が強い。
[編集] 王位継承の問題点
シリントーン内親王は人気は高いものの、独身であり、跡継ぎが居ないことが王位継承の問題点の一つにもなっている。しかも、女性であるため民間人と結婚すると王位継承権が剥奪されること、シリントーン内親王自身も子供を産める体ではないことなどから、人気と裏腹に子供の多いワチラーロンコーン親王が跡継ぎになることが、現在のところ有力視されている。