ジェミニ計画
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ジェミニ計画(ジェミニけいかく、The Gemini Program)は、アメリカの2番目の有人宇宙飛行計画である。マーキュリー計画に引き続き、1962年に開始し1966年まで実施され、アポロ計画にその成果を引き継いだ。計画名のジェミニは「双子座」の意味。2人乗り宇宙船を用いた計画であることに因む。
[編集] ジェミニ計画の目的
宇宙船の軌道飛行と回収技術、生命維持技術の実用化を目的としたマーキュリー計画に対し、月着陸を明確な目標においた宇宙開発計画の一部であるジェミニ計画は、2人乗り宇宙船を用いて、さらに長期間の飛行や、宇宙空間での宇宙船同士のドッキングや分離、2機の宇宙船をドッキングしたままの姿勢制御など、アポロ計画で必要な技術の実用化を目指していた。アメリカ航空宇宙局(NASA)の設定したプロジェクトの目標は次の通りである。
[編集] ジェミニ宇宙船とロケット
ジェミニ宇宙船は、全長5.8m、直径3m、質量3810kgの円錐型カプセルで、マーキュリー宇宙船を2人乗りに拡大したものである。船内の広さは、普通乗用車の運転席と助手席程度。1965年12月4日発射の7号では、フランク・ボーマン船長とジム・ラヴェル飛行士が、この中で約2週間生活した。
打ち上げには、タイタンII型ロケットを用いた。
[編集] 飛行実績
打上年月日 | 宇宙船名 | 飛行時間 | 宇宙飛行士 | 備考 | |
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1964年4月8日 | ジェミニI号 | 4日 | 無人軌道飛行 | 試験飛行 | |
1965年1月19日 | ジェミニII号 | 18分16秒 | 無人弾道飛行 | 再突入時の試験飛行 | |
1965年3月23日 | ジェミニIII号 | 4時間52分31秒 | ヴァージル・グリソム | ジョン・ヤング | ジェミニ計画初の有人飛行 |
1965年6月3日~7日 | ジェミニIV号 | 4日1時間56分12秒 | ジェームズ・マクディビット | エドワード・ホワイト | ホワイトがアメリカ人初の船外活動 |
1965年8月21日~29日 | ジェミニV号 | 7日22時間55分14秒 | ゴードン・クーパー | チャールズ・コンラッド | 固体高分子形燃料電池が初めて用いられた。 |
1965年12月4日~18日 | ジェミニVII号 | 13日18時間35分1秒 | フランク・ボーマン | ジム・ラヴェル | アジェナ無人宇宙船に代わり、VI-A号とランデブー。長期間飛行。 |
1966年12月15日~16日 | ジェミニVI-A号 | 1日1時間51分24秒 | ウォルター・シラー | トーマス・スタッフォード | VII号とランデブー |
1966年3月16日 | ジェミニVIII号 | 10時間41分26秒 | ニール・アームストロング | デイヴィッド・スコット | アジェナとドッキングに成功するも制御不能の回転を起こし米有人飛行初の緊急着陸 |
1966年6月3日~6日 | ジェミニIX-A号 | 3日21時間 | トーマス・スタッフォード | ユージン・サーナン | ATDAとのドッキング中止。 |
1966年7月18日~21日 | ジェミニX号 | 2日22時間46分39秒 | ジョン・ヤング | マイケル・コリンズ | アジェナの推進機を使用。ジェミニVIIの相手ともランデブー。船外活動実施 |
1966年9月12日~15日 | ジェミニXI号 | 2日23時間17分8秒 | チャールズ・コンラッド | リチャード・ゴードン | アジェナの推進システムを使い高度1189.4kmを達成。船外活動実施。 |
1966年11月11日~15日 | ジェミニXII 号 | 3日22時間34分31秒 | ジム・ラヴェル | エドウィン・オルドリン | 計画最後の飛行。アジェナとドッキング。船外活動実施。 |