ジャッキー・チェンの醒拳
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ジャッキー・チェンの醒拳(ジャッキー・チェンのせいけん)は、1983年に製作された香港映画。チェン・チュアン監督、スー・リーホワ、ロー・ウェイ製作。上映時間80分(日本版)。日本公開時題は『ジャッキー・チェンの新・クレージーモンキー大笑拳』
1980年に数シーンの撮影のみで未完になり、過去の作品(特に「クレージーモンキー 笑拳」)からのシーン流用やダミー俳優による追加撮影でローが完成させた作品だが、ジャッキー・チェン本人は自作とは認めていない(詳細は後述)。シーン流用やダミー俳優という方式はブルース・リーの『死亡遊戯』を連想させるが、主演俳優が死亡していない状況では異例である。この事から、当時アジアでのジャッキー・チェン人気がいかに高かったかを窺い知る事が出来る。
目次 |
[編集] キャスト
- ジャッキー・チェン
- シー・チェン
- レン・シークアン
- ホエ・チャンリー
- ディーン・セキ
- ワイ・ティンチー
- リン・インチュ
[編集] 経緯
[編集] ロー・ウェイとの関係
1974年に『少林門』に出演後、一時期映画界を退いていたジャッキー・チェンは、1976年にロー・ウェイ(羅維)が立ち上げた映画会社・羅維影業公司と10本の映画出演契約を結び『新精武門』の主演で再デビュー、続けて『少林寺木人拳』『成龍拳』他数本に立て続けに出演するが、興行成績は今一つであった。当初ジャッキーはブルース・リーの後釜的な扱いで、シリアス路線で売り出しを図られていたのだったが、ジャッキーのシリアス作品は配給会社が買い渋ったためなかなか公開されないという状態が続き、それでも同じような作品を録り続ける強引なローにジャッキーは当初から不満で、対立は深刻であった。
そんなときに当時新進気鋭のプロデューサーであった呉思遠に貸し出される形で2本の映画に主演した。それが『スネーキーモンキー 蛇拳』(1976年)と『ドランクモンキー 酔拳』(1978年)で、ジャッキーの本来のキャラクターであるコミカルな面を活かしたのが功を奏し大ヒット、ジャッキーはようやく香港でスターダムにのし上がる。これによりロー・ウェイも方向転換をせまられ、『拳精』、『カンニングモンキー天中拳』等コミカル路線で映画製作されたものの、ローの手にかかった作品は依然配給会社が手を付けず、俳優としては苦しい状態にあった。
[編集] ジャッキージャック事件(二重契約のトラブル)
ジャッキーは、1979年に親友であり自身のマネージャーでもあるウィリー・チェンと共同で個人プロダクション「豊年影業公司」を設立、監督も兼任した『クレージーモンキー笑拳』を完成させた。その後、事実上ロー・ウェイとの契約は終了していたが、スターに育ててくれた義理もあり、『醒拳』の出演契約を結び、『―笑拳』に続いて監督も兼任する事になった。そんな時、彼は、ゴールデン・ハーベストから破格の契約金を提示され、かつて憧れの存在だったブルース・リーも所属し、海外へも進出を始めていたという点に魅力を感じ、ジャッキーはウィリーや、ゴールデン・ハーベスト社長のレイモンド・チョウらと、本格的にローから離脱してゴールデン・ハーベストに移籍する計画を画策する。
ジャッキーは「醒拳」のプロモーション用スチール数枚を撮影した後、ゴールデン・ハーベスト社の『ヤング・マスター』(1980年)の監督・主演、続いて『バトル・クリーク・ブロー』(1980年)『キャノンボール』(1981年)出演の為に渡米した。これらの行動はほぼ極秘裏に進められた為、香港ではジャッキーが「『醒拳』をドタキャンして行方不明」になったとして「失踪事件(ジャッキージャック事件)」騒ぎになった。
ロー・ウェイはこれに激怒し、契約違反だとして裁判沙汰になる寸前であったが、ジミー・ウォングが仲介役となり最終的に和解という形になった。
当初は公式な見解が発表されず、「ジャッキーはゴールデンハーベストにさらわれた/ロー・ウェイは悲劇の恩師」という説が一般的であったが、ジャッキー自身は自伝著『I am Jackie Chan(邦題:僕はジャッキー・チェン)』において、横暴で自分を認めないローとの不仲は当初から決定的であり、離脱は望んだことだった旨を述懐、さらにローが暴力団を利用して追い込みを掛けてきたこと、そして一件を手打ちにしてくれたジミー・ウォングへの義理として、彼の「ドラゴン特攻隊」「炎の大捜査線」に主演級で出演したことなどを説明している。
[編集] ジャッキー・チェン本人の認識
本作についてはジャッキー自身は前述の『I am Jackie Chan』において、「ローが僕の偽物を使って勝手に録ったり、他の作品を盗用したりして作ったとんでもない作品。これだけでも訴訟ものだが、何より許せないのは、劇中で僕の人相を言うシーンがあるけれど、それを、小さい眼に大きな鼻など、僕が一番気にしている箇所をいちいち挙げているところだ」と憤然やるせない怒りを率直に綴っている。