ハドリアヌスの長城
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ハドリアヌスの長城(-ちょうじょう)は、イギリスの北部にある城壁跡。1987年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。2005年に、ドイツのリーメスが追加されて、ローマ帝国の国境線と物件名が変更された。
[編集] 概要
ハドリアヌスの長城は、イングランド北部、スコットランドとの境界線近くにある。ローマ帝国は1世紀半ばにブリタニアまで領土を拡大させたが、ケルト人の侵入に悩まされていた。そこで皇帝ハドリアヌスが長城の建設を命じ、122年に工事が開始される。完成には10年の歳月がかかった。作業者は、ローマ帝国の支配地から動員された。領土拡張を続けていたローマ帝国が、拡張政策を続けることを断念した政策転換点としても象徴的な建造物の一つである。
完成当時は、ニューカッスル・アポン・タインからカーライルまでの118kmにも及んだ。壁の高さは4から5m、厚さ約3m。後の方で建設された部分は、約2.5mに狭くなっている。完成当初は、土塁であった。その後、石垣で補強されたと考えられている。約1.5kmの間隔で、監視所も設置されていた。また6km間隔で要塞も建築され、要塞には500人から1000人のローマ兵が配備されたと推定されている。
この長城は文化的境界ではなくあくまで軍事上の防衛線として建設されたが、この防衛線がスコットランドに対する防御壁として、ローマ帝国の支配が及ばなくなった4世紀後半以後も17世紀まで使用されていた。このためイングランドとスコットランドとの境界として半ば固定化し、現在のイングランドとスコットランドの境界線にも大きな影響を与えている。