パルテノン神殿
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アテネのアクロポリス(パルテノン神殿) (ギリシャ) |
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パルテノン神殿 | |
(英名) | Acropolis, Athens |
(仏名) | Acropole d'Athènes |
登録区分 | 文化遺産 |
登録基準 | 文化遺産(i),(ii),(iii),(iv),(vi) |
登録年 | 1987年 |
拡張年 | |
備考 | |
公式サイト | ユネスコ本部(英語) |
地図 | |
パルテノン神殿(Parthenon)は、古代ギリシア時代にアテナイのアクロポリスの上に建設されたアテナ神を祭る神殿。現在残る神殿はペルシャ戦争後に建設されたもので、長さ68.7m、幅30.6mの周柱式神殿。通例、処女神殿と訳されるが、古代ギリシア語では、パルテノスは単に若い娘を意味する。古典時代のギリシア建築の傑作のひとつ。ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。
目次 |
[編集] 歴史
[編集] 古代ギリシア時代
アテネのアクロポリス神域の開闢は非常に古く、新石器時時代に遡る壁面、ミケーネ時代の城壁跡が発見されている。紀元前480年のクセルクセス1世による遠征で、それまでの神殿が略奪・破壊に遭ったため、執政官キモンは、それまであった神殿をそのまま再建することを指示し、カリクラテスが建設を委任された。彼らは、今日に至るまで残っている神域の南側の地盤を拡張し、正面幅23.4m、長さ66.3mの古パルテノンと同じ平面を持つ神殿を建設しようとした。
キモンが追放され、カリクラテスが解任されると、紀元前447年、再建はペイディアスとイクティノスに委任され、前者が彫刻を、後者が設計を担当した。既に建築途中の神殿を任された彼等は、旧パルテノンと同寸に加工された石材を用いることを余儀なくされたが、カリクラテスの設計した神殿の内陣ではフェイディアスによる神像を納めることができなかった。しかし、イクティノスは導き出される比例を綿密に計算し、正面の柱を6本から8本に、側面を16本から17本に拡張させることによって、現在の平面の設計を完成させた。
創建当時は、中央にフェイディアスが彫った巨大なアテナの黄金象牙像が安置され、様々な大理石の彫刻が破風や壁々を飾って絢爛を極めた。紀元前432年頃に建築されたが、建設の資金は、デロス同盟の資金が流用された。アクロポリス神域はその後も神殿が建設され、紀元前421年にはエレクテイオンの起工が行われ、紀元前420年にはペリクレスによって、アテネ・ニケ殿が建設された。
[編集] ローマ時代以降
アテナイがローマ帝国に支配されるようになっても、基本的には変わらなかったが、ローマ帝国でキリスト教が公認、次いで国教となると、パルテノン神殿は聖母マリアに捧げられた大聖堂に改装され、東方正教会の教会として用いられた。1018年にはブルガリアを征服した東ローマ帝国の皇帝バシレイオス2世(在位:976年-1025年)が、ここで戦勝記念のミサを行なったという記録が残っている。この頃は、まだ古代の壮麗な姿をほぼ残したままであったと思われる(古代の彫像は異教時代のものとして破壊されたとも言われているが)。
しかし、15世紀に東ローマ帝国を滅ぼしたイスラム教のオスマン帝国支配下では弾薬庫に転用され、そのためにヴェネツィア軍の砲撃を受けて大破してしまった。その後1800年代になって、大英博物館に彫刻の大部分が運ばれてしまった(エルギン・マーブル)。現在では返還運動が行われている。
[編集] 建築様式
パルテノン神殿は、外部を囲む柱はドリス式オーダーだが、西側の後陣内部ではイオニア式オーダーの様式を取り入れている。それまでの方式では、一つの建築に様式を混在させることはなかった。神像の安置された内陣は、コの字型に上下2段のドリス式オーダーが配置され、アテナ神の格調高さを補強したが、これは今日では殆ど残っていない。
アクロポリス神域に残る神殿のうち、アテナ・ニケ神殿、エレクテイオンはイオニア式で、特にエレクテイオンは、イオニア式を用いた神殿の至宝といわれる。これらの神殿は、アクロポリス神域において、ドリス式のパルテノン神殿をより一層引き立てている。
[編集] 世界遺産
この世界遺産は、世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。
- (i) 人類の創造的天才の傑作を表現するもの。
- (ii) ある期間を通じて、または、ある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、町並み計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
- (iii) 現存する、または、消滅した文化的伝統、または、文明の、唯一の、または少なくとも稀な証拠となるもの。
- (iv) 人類の歴史上重要な時代を例証する、ある形式の建造物、建築物群、技術の集積、または景観の顕著な例。
- (vi) 顕著な普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰、または、芸術的、文学的作品と、直接に、または、明白に関連するもの。
[編集] 関連項目