フタル酸
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フタル酸 | |
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一般情報 | |
IUPAC名 | Phthalic acid o-Phthalic acid |
別名 | |
分子式 | C8H6O4 |
分子量 | 166.13 g/mol |
組成式 | C4H3O2 |
式量 | g/mol |
形状 | |
CAS登録番号 | |
SMILES | |
性質 | |
密度と相 | g/cm3, |
相対蒸気密度 | (空気 = 1) |
水への溶解度 | g/100 mL ( ℃) |
への溶解度 | g/100 mL ( ℃) |
への溶解度 | g/100 mL ( ℃) |
融点 | 130.8 ℃ |
沸点 | 295 ℃ |
昇華点 | ℃ |
pKa | |
pKb | |
比旋光度 [α]D | |
比旋光度 [α]D | |
粘度 | |
屈折率 | |
出典 |
フタル酸 (-さん、Phthalic acid) は化学式C8H6O4、分子量166.13のベンゼンジカルボン酸である。狭義にはオルト体をフタル酸と呼ぶが、他異性体を含めたベンゼンジカルボン酸の総称もまたフタル酸(類)と呼称される。メタ体はイソフタル酸、パラ体はテレフタル酸とも呼ばれる。
遊離酸型のフタル酸類に一般的な性質は、昇華性を有する無色固体で水にも有機溶媒にも溶けにくくもっぱら高極性の有機溶媒に溶けやすい性質を示す。
フタル酸類は合成樹脂のモノマーとして利用されたり、特にエステル体の一部は、熱可塑性樹脂の可塑剤として30%~70%w/wほど添加される。可塑剤として利用されるフタル酸エステルの一部にはシックハウス症候群の原因物質の一つと考えられているものもある。
目次 |
[編集] フタル酸類の製造法
フタル酸類は側鎖を持つシ置換ベンゼン誘導体を酸化することで製造される。アルキルベンゼンの酸化は強い酸化剤が必要で、通常この種の条件では原料の種類を問わずアルキルベンゼンのα位(ベンジル位)が酸化されたベンゼンジカルボン酸が生成する。実験室ではアルカリ性水溶液下で過マンガン酸カリウムなどの強酸化剤が使用されるが、工業的には五酸化バナジウムなどの担体保持された触媒による空気酸化が利用される。工業的エステル化は主に過剰な原料アルコールの一部を共沸脱水に利用する方法で製造される。
フタル酸類およびフタル酸類エステル体の工業的製造法には次のものがある。
- フタル酸製造法(図の経路1~3~4、経路2~3~4)
- フタル酸(o-体)の工業的製造法の原料は、古くは石炭化学の副産物であるナフタレン(1)が利用されたが、1960年代を境に入れ替わり、今日では石油化学の副産物であるo-キシレン(2)が原料として利用される。触媒空気酸化(BASF法)によるフタル酸合成(o-体)の場合はフタル酸無水物(3)が生成する。遊離酸が必要な場合は、加水分解してフタル酸(4)とするが、誘導体原料としてはフタル酸無水物(3)がそのまま利用される。
- フタル酸エステル製造法(図の経路3~6)
- フタル酸無水物(3)と目的物に該当するアルコールを反応させると一旦、ハーフエステル体(モノエステル体)(5)が得られる。さらに原料アルコールを加熱還流し、水を共沸により反応系外へ除去することでジエステル体(6)が得られる。
- イソフタル酸製造法(図の経路7~8)
- イソフタル酸(8)はもっぱら、m-キシレン(7)を原料とし、テレフタル酸と同様な触媒空気酸化(Amoco法等)により製造される。
- イソフタル酸エステル製造法(図の経路8~9)
- イソフタル酸(8)と目的物に該当するアルコールとを共沸脱水することで目的のジエステル体(9)がえられる。
- テレフタル酸製造法
- テレフタル酸(12)の製造法としては、p-キシレン(10)を原料とするAmoco法、フタル酸ジカリウム塩(16)を原料とする第一Henkel法、二分子の安息香酸カリウム塩を原料とする第一Henkel法、p-キシレン(10)をアンモ酸化したフタロニトリル(18)をアルカリ加水分解する方法が知られている。
- Amoco法(図の経路10~15)
- Mn塩あるいはCo塩を利用する液相空気酸化で、p-キシレン(10)を空気酸化する場合は、一段階目のp-トルイル酸(11)でで酸化反応が停止する欠点がある。これを反応系無いにメタノール等を共存させ、生成する11を系中でエステル体(13)として二段階目の酸化反応とエステル化反応を経てジメチルテレフタレート(Dimethyl telephtalate, 15)を介してテレフタル酸(12)を製造する。この方法の利点は遊離酸もジエステル体もポリエチレンテレフタレート(ポリエステル)の原料モノマーであることと、テレフタル酸(12)が高沸点、難溶化合物であり、合成繊維向けグレードの高純度製品に精製が困難である欠点を、精製が容易なジエステル体段階で精製することで回避できる点である。
- 第一Henkel法(図の経路16~12)
- フタル酸ジカリウム塩16をZn-Cd触媒で転位反応でテレフタル酸(12)へと異性化する方法が知られている。この方法は開発したHenkel社にちなんで第一Henkel法とも呼ばれる。コスト面でAmoco法に対して不利であることから今日では利用されない。
- 第二Henkel法(図の経路17~12)
- 第一Henkel法のZn-Cd触媒は安息香酸カリウム塩(17)の分子間転移反応にも適用できる為、第二Henkel法と呼ばれる。すなわち、安息香酸カリウム塩は触媒による不均化反応で、テレフタル酸(12)とベンゼンとに変換される。第一Henkel法同様、今日では利用されない。
- アンモ酸化法(図の経路10~18~12)
- p-キシレン(10)を五酸化バナジウム触媒でアンモ酸化してフタロニトリル(18)とし、これを加水分解してテレフタル酸(12)とする方法が、Lummus社により開発され、Lummus法とも呼ばれる。この方法は、不純物として含まれる微量の窒素成分がポリエステル繊維の着色を引き起こす難があるので、テレフタル酸の精製に工夫が必要である。
- テレフタル酸エステル製造法(図の経路12~15)
- Amoco法ではジメチルフタレートが中間体として得られるが、他の方法で製造したテレフタル酸(12)や違う種類のエステルは該当するアルコールと共沸脱水することでジエステル体(15)が得られる。
[編集] フタル酸および誘導体
[編集] フタル酸(オルト体)
化学式C8H6O4、分子量166.13の昇華性を持つ無色柱状結晶で、融点191℃(封管中)である。CAS登録番号は88-99-3。
231℃以上で分解しつつ融解して、水分子を放出した無水フタル酸へと変化する。硫酸など脱水剤の存在下でも無水フタル酸を与える。
フタル酸水素塩はIUPACにより、水および誘電率の高い有機溶媒中において、その0.05mol/kg(solvent)溶液をpH一次標準として用いることが提案された.
[編集] フタル酸無水物
フタル酸無水物(-さんむすいぶつ、Phthalic Anhydride)はフタル酸の分子内酸無水物で、化学式C8H4O3、分子量148.12、融点130.8℃、沸点295℃の昇華性を持つ無色結晶である。CAS登録番号は85-44-9。フタル酸誘導体の合成原料として重要。 記事 無水フタル酸に詳しい。
[編集] フタルイミド
フタルイミド(Phthalimide)は、フタル酸(0-benzenedicarboxylic acid)の分子内イミド化合物である。C8H5NO2分子量147.13で融点238℃の昇華性のあるプリズム晶。CAS登録番号は85-41-1。
無水フタル酸とアンモニアあるいは炭酸アンモニウムとを加熱して製造する。ヘキサン、エーテル、ベンゼン、クロロホルム、水等には溶けず。DMF、熱時アルコール、酢酸には溶解する。フタルイミドのイミド水素の酸性度は高く(Ka=5x10-9)濃いアルカリ水溶液にはよく溶ける。プタルイミド塩は求核性も高く、フタルイミドカリウム塩はアルキルハライド等と反応させるガブリエル合成と呼ばれる一置換アミン合成法の原料として有用である。(記事 ガブリエル合成に詳しい)
[編集] フタル酸エステル
フタル酸(オルト体)のエステルは、可塑剤として利用される。一般に工業的には、フタル酸(遊離酸)と過剰のアルコール体から、アルコール体と水を共沸脱水してエステル化する。フタル酸エステルの一部にはシックハウス症候群の原因物質の一つと考えられているものもある。
主な、フタル酸エステルを次に示す。
化合物名 | 略号 | 分子量 | 融点 | 沸点 | CAS登録番号 | 特性・その他 |
---|---|---|---|---|---|---|
フタル酸ジメチル (Dimethyl phthalate) |
DMP | 194.19 | 2℃ | 282℃ | 131-11-3 | 相溶性添加剤、酢酸セルロース可塑剤、希釈剤 |
フタル酸ジエチル (Diethyl phthalate) |
DEP | 222.24 | -3℃ | 298-299℃ | 84-66-2 | 相溶性添加剤、酢酸セルロース・ポリスチレン可塑剤、化粧品 |
フタル酸ジブチル (Dibutyl phthalate) |
DBP | 278.35 | -35℃ | 340℃ | 84-74-2 | 加工性向上添加剤、塗料、接着剤 |
フタル酸ジイソブチル (Diisobutyl phthalate) |
DIBP | - | 327℃ | 84-69-5 | ||
フタル酸ジノルマルヘキシル (Di-n-hexyl phthalate) |
- | - | 床材、工具の握り部、自動車部品 | |||
フタル酸ビス-2-エチルヘキシル (Bis(2-ethylhexyl)phthalate) |
DOP, DEHP | 390 | -50℃ | 384 ℃ | 117-81-7 | 汎用可塑剤、別名: フタル酸オクチル、フタル酸イソオクチル |
フタル酸ジノルマルオクチル (Di-n-octyl phthalate) |
DnOP | 390 | 低揮発性・耐寒性可塑剤、電線被覆、フィルム | |||
フタル酸ジイソノニル (Diisononyl phthalate) |
DINP | 418 | 403℃ | 28553-12-0, 68515-48-0 |
低揮発性・耐寒性可塑剤、汎用可塑剤 | |
フタル酸ジノニル (Dinonyl phthalate) |
DNP | 418 | 低移行性可塑剤、絶縁性改良添加剤、電線被覆、床材 | |||
フタル酸イソデシル (Diisodecyl phthalate) |
DIDP | 446 | -50℃ | 420℃ | 26761-40-0 | 低揮発性可塑剤、絶縁性改良添加剤、耐熱電線、合成レザー |
フタル酸ビスブチルベンジル (Bis(butylbenzyl) phthalate) |
BBP, BBzP | 312 | 370 | 加工性向上添加剤、接着剤、シーリング材 |
[編集] その他フタル酸関連物質
フタル酸誘導体は染料、医薬品の原料として種々の化合物に関連が深い。主なものを次に示す
- フェノールフタレイン - フタル酸無水物と2分子のフェノールの縮合体。
- サリドマイド - 部分構造にフタルイミドを持つ。原料の一つ。
- キニザリン - 無水フタル酸より合成される色素中間体、ローダミンB、フルオレセインなどキサンテン染料(フタレイン染料)の前駆体。
- ルミノール - ルミノール試験は3アミノフタル酸イオンが励起1重項状態となり発光する。
- フタロシアニン - 4つのフタルイミドが環状に結合している。
[編集] イソフタル酸(メタ体)
化学式C8H6O4、分子量166.13の昇華性を持つ無色結晶で、融点348.5℃(封管中)である。CAS登録番号は121-91-5。酸無水物は分子間で形成する。(難溶のオリゴマー)
ポリエステル、ポリアミド、アルキド樹脂のモノマーとして利用される。
[編集] テレフタル酸(パラ体)
化学式C8H6O4、分子量166.13の昇華性を持つ無色結晶で、融点425℃(封管中)である。CAS登録番号は100-21-0。酸無水物は分子間で形成する。(難溶のオリゴマー)
ポリエステル、PET樹脂の原料として重要である。記事 テレフタル酸に詳しい。