マリナー9号
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概要 | |
名称 | マリナー9号 |
国 | アメリカ合衆国 |
目的 | 火星の70%の地形図の作成と、火星の大気と表面の経時変化の調査 |
宇宙機 | Mariner Mars '71 / Mariner-I |
質量 | 558.8 kg |
運用機関 | JPL - NASA |
打ち上げ機材 | アトラス・セントール SLV-3C |
打ち上げ日時 | 1971年5月30日 22:23:00 UTC |
打ち上げ場所 | ケープカナベラル空軍基地 |
科学機器・技術実験 |
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マリナー9号(まりなー9ごう、Mariner 9)は、NASAのマリナー計画の火星探査機である。1971年5月30日に打ち上げられ、同年11月14日に火星に到達、初めて他の惑星軌道に乗った探査機となったが、それから1ヶ月以内に到達したソビエトのマルス2号と3号をわずかに先んじただけであった。何ヵ月間もの砂塵嵐の後、火星表面の驚くほど鮮明な映像を送り返すことに成功した。
目次 |
[編集] 目的
マリナー9号は、マリナー6号と7号から始めた大気の調査を継続し、それまでの火星ミッションと比べて最低の高度(1500km、約900マイル)から、なおかつ最高の解像度(ピクセルあたり1kmから100m)で、火星の70%以上の地形図を作成するために設計された。火山活動の証拠である熱源を見つけるための赤外線放射計も搭載していた。また、火星の2つの衛星を分析することにもなっていた。マリナー9号は、これらの目的を充分達成した。
[編集] 成果
マリナー9号は、初めて他の惑星軌道に乗った宇宙探査機である。マリナー6号と7号に似た機器を搭載していたが、火星軌道上で探査機を制御するにはより大きな推進システムが必要となるため、6号と7号を合わせた以上の重量があった。マリナー9号が火星に到着したとき、火星の大気圏は埃っぽく表面は不明瞭であった。この予想外の状況により、惑星を調査するには単に上空を通過するだけよりも軌道からの方が望ましいことが証明された。そのため、地球からマリナー9号のコンピュータへ、埃が落ち着くまで表面の撮影を2ヵ月延ばすようにプログラムが行なわれた。軌道上で349日経過後、マリナー9号は7,329枚の映像を送り、それは火星の表面の80%をカバーしていた。映像からは、川床、クレーター、巨大な休火山(たとえば太陽系で最大の火山であるオリンポス山)、峡谷(長さ4,000km、約2,500マイル以上のマリネリス峡谷など)、風と水による侵食や堆積や前線や霧などの証拠が明らかになった。火星の小さな衛星であるフォボスとダイモスも撮影された。マリナー9号での調査結果は、後のバイキング計画の基礎となった。
巨大なマリネリス峡谷は、マリナー9号の業績を記念して名付けられた。
高度制御ガスの供給が減少したため、マリナー9号は1972年10月27日に運用を停止した。
[編集] 製造
マリナー9号に搭載されている紫外線分光計は、コロラド大学ボルダー校の大気宇宙物理学研究所 (LASP) で製造された。
[編集] 現在地
マリナー9号はまだ火星軌道上にあり、少なくとも2022年まではそのままだが、その後火星の大気圏に突入すると見られている。