メチル水銀
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メチル水銀(めちるすいぎん、Methylmercury)とは、水銀がメチル化された有機水銀化合物であり、ジメチル水銀 (CH3)2Hg とモノメチル水銀 CH3HgX(X = Cl, OH など)が知られており、いずれも毒性が強い。
水質汚濁防止法や水質の環境基準等で定めるアルキル水銀とは、メチル基 (CH3-)、エチル基 (C2H5-) 等のアルキル基 (CnH2n+1-) と水銀が結びついた有機水銀化合物の総称を言う。自然界では、海底火山の噴火で生成される事もある。
特にモノメチル水銀は、非常に毒性が強く、生体蓄積性のある有機金属陽イオン種で、日本国における水俣病の原因物質として知られている。
メチル水銀は工業汚染あるいは日本国内で使用されなかったものの、種子の農薬(殺菌剤)として利用された結果として、地球規模で見るならば川や湖でしばしば発見される。これは魚やそれを捕食する他の生物に深刻な健康被害をもたらす。水俣病は当時利用されていた、アセチレンから酢酸誘導体へ変換する際の水銀触媒に由来する工場廃液が原因である。今日の日本国では水銀法によるアセチレン誘導体の工業生産も水銀系農薬も利用されることはない。
メチル水銀は脂溶性の物質であるため生物濃縮を受けやすい典型的な毒物である。そのため、食物連鎖の高次を占める捕食者に高度に濃縮されて蓄積される。メチル水銀はまずプランクトンの体内で濃縮される。プランクトンから小魚、より大きな魚と順次に捕食され、それらの体内でメチル水銀はさらに濃縮されることとなる。生体内からのメチル水銀の排出は遅いため、生体蓄積の程度は高くなる。大きな肉食魚の場合、小魚の100倍ものメチル水銀を保持することになる。これにより最終捕食者の人間等に水俣病が発生した。また、米国のFDAは胎児に対する有機水銀の影響を理由に、妊婦がマグロ、金目鯛などの海産物を摂取制限するように勧告している。
概して、水銀または無機水銀化合物やフェニル水銀など他の水銀化合物が腎毒性が強く現れるのに対して、メチル水銀類の場合は、中枢毒性が強く現れることが特徴的である。
水溶性の無機水銀や水銀単体が、生体内でメチルコバラミンによってメチル化されることによってメチル水銀は生じる。このとき生じるのは CH3Hg+ もしくは CH3HgOH である。
メチル水銀は脂溶性である。これはシステインと複合体を形成することにより血液脳関門を通過し、優先的に脳組織に蓄積される。これはメチル水銀-システイン複合体がメチオニンと類似した構造をもつため、メチオニン専用の脳血管輸送システムを利用できるからである。また魚の場合、水に剥き出しの知覚神経を経由することにより血管脳関門を迂回してメチル水銀が脳に到達することもある。