三遊亭柳枝
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三遊亭 柳枝(さんゆうてい りゅうし、1903年 - 1961年5月19日)は大正・昭和期の漫才師、喜劇俳優、漫談家。本名は山本 卯三郎。
瀬戸内海の汽船のボーイ経て、2代目三笑亭柳枝に入門して噺家になり、三笑亭柳歌を名乗る。 その後、三遊亭円子(圓子)門下に移り三遊亭柳枝となるが、師匠が落語の亭号である「三遊亭」を許可なく名乗っていた為、東西の落語家らから毛嫌いを受けたとされる。
漫才師になってからは、花柳一駒、ミヤコ蝶々など、相方を何度も替えた。ミヤコ蝶々とは不倫の末に1944年に結婚。彼女の最初の夫となったが、新婚当時すでに元妻以外に3人の女性がおり、1947年に離婚。その後相方の南喜代子との結婚もあった。
戦中は疎開し、戦後は大阪で「柳枝劇団」を旗揚げした。ただし、劇団とは名乗っていたが、漫才や落語、漫談等も行なった。柳枝劇団は「松竹爆笑劇」と名前を変え角座で演じ、現在においての吉本新喜劇等の基礎となっている。
また、柳枝は映画界でも喜劇役者として活躍し、東映作品の「花かご道中」(1961年)では美空ひばりや丘さとみ等と競演している。
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[編集] 弟子・門下生
- ミヤコ蝶々(劇団の最初の門下生、相方であり元妻。蝶々の弟子であり後に夫となる南都雄二も劇団に在籍していた)
- 南喜代子(同じく相方であり元妻。劇団の座長を経て、元吉本新喜劇のマドンナ)
- 上方柳次・柳太(柳次の弟子に上方よしおがいる)
- 泉ひろし(劇団の門下生、元吉本新喜劇の俳優。柳豊作の名で柳万作と柳豊作・柳万作、その後、泉スナップの名で中田チャックと再コンビを組んだ)
- やなぎ浩二(劇団の門下生、現在吉本新喜劇の俳優。柳万作の名で柳豊作と柳豊作・柳万作その後中の島大学・中学の中学を経て柳サンデーと柳マンデーで再コンビを組んだ)
[編集] 過去の相方
- ミヤコ蝶々
- 花柳一駒
- 南喜代子
- 文の家久月
[編集] 柳枝を演じた人物
[編集] 出典
- くだるくだらない物語 第十一回 亭号の東西史(二) 四 漫才の三遊亭 - 「和の学校」公式サイト内の記事
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