反復説
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反復説(はんぷくせつ)というのは、動物の発生に関する主張であり、簡単に言えば、発生がその動物の進化の道筋をたどって行われるというものである。
[編集] 概要
反復説ドイツ語Biogenetische Grundregel、英語Recapitulation theoryは、エルンスト・ヘッケルが唱えたもので、生物発生原則とも言われる。往々にして、簡単に「個体発生は系統発生を繰り返す」という風に言われる。ここで個体発生とは、個々の動物の発生過程のことである。系統発生とは、他に使用例が少ない言葉であるが、その動物の進化の過程を発生に見立てた表現である。つまり、ある動物の発生の過程は、その動物の進化の過程を繰り返す形で行われる、というのが、この説の主張である。
この説は、必ずしもヘッケルの独創ではなく、先行する動物の発生に関する研究から、ある程度は自然に導き出されたものである。
[編集] 実際の例
よく実例に挙げられるのが、哺乳類の発生の場合である。特に、その初期に形成される鰓裂は、哺乳類はそれを使用することもなく、すぐにふさがってしまうから、哺乳類が魚類の形を経て進化した事の証拠であり、その時期の胚の形は魚類の段階の姿である、と考えることができる。また、鰓列の形成→四肢の形成→鰓列がふさがる、という順番は、無顎類の鰓形成→魚類の対鰭獲得→両生類の鰓消失の順番と対応している。
なお、たとえばヒトの場合、鰓列の形成が受精後四週間目、六週間目にはそれがふさがり、手足に指を生じ、八週目にはほぼ人間と見なせる姿となる。これを反復説に当てはめれば、四週間で単細胞から脊索動物まで、次の二週間で哺乳類段階にたどり着く計算になる。
また、さまざまな無脊椎動物の発生の研究から、幼生の形態が大きな分類群ごとに共通である例も知られてきた。例えば甲殻類は、成体の姿はさまざまだが、初期の幼生はナウプリウスのように共通の姿をしている。さらに、フジツボなど蔓脚類は、その類縁関係が長らく不明であったが、幼生がナウプリウスに近いものであることから、甲殻類であることが明らかになったという例もある。つまり、フジツボの姿があまりに甲殻類的ではないのは、明らかに固着生活への適応であるが、それが比較的新しい適応であって、それ以前の歴史を他の甲殻類と共有してきたと見られる。
脊椎動物の胚を見れば、親の間よりも類似性が見られるし、発生をさかのぼるほど、縁の遠いものでも類似性が見られるようになる。
[編集] 影響と批判
ヘッケルは、これらのことから、さらに飛躍して、もっと初期段階の発生までもが、進化の過程をなぞるものであると考えた。すなわち、受精卵は単細胞段階を表すものと考え、卵割によって細胞が増え、胞胚から原腸陥入によって消化管が作られる過程を多細胞動物の進化の過程であると見なし、これによって多細胞動物の進化の道筋を明らかにしようとした。動物の系統に関する彼の考えはブラステア説と呼ばれ、長らく正統的な定説の位置にあった。
ただし、彼は自己の考えを強調するために図を若干歪曲したり、彼が進化の中間型として発表した微生物が偽物らしかったりと、捏造めいたふるまいが見られたこともあり、この説は批判の対象となった。
さらに、この説の影響は、社会的な面へも広がりを見せた。たとえば子供は大人にくらべて進化的に前の段階であるとか、いわゆる原始的種族は、進化の段階が低い状態にあるといった拡張がおこなわれ、ナチスドイツもこの説を支持したと言われる。
しかし、現在でも大筋では認めることができるものと思われる。進化の過程を正確になぞるということは当然あり得ないが、それをごく単純化し、省略した形での反復までは認められると言ってよいだろう。おおよそ、初期段階であるほど、その省略が激しい。また、反復に近い形であっても、その構造が変化している場合も見られる。
と、このように書けば、そこまで認めれば、どんな説だって認められるんじゃないか、とか言われそうな気もするが、実際そういう面もある。同じ内容も解釈次第、という場合もある。たとえば、ほ乳類の胚における鰓裂の形成に関しても、その部分から形成される諸器官の元基としてできるだけで、鰓を再現したものとは見なせない、との批判がある。
ただ、一つには、生物学における法則は、大抵に於いてこんなものである。また、それを認めた上でも、発生の過程が進化をたどる形で行われることを認めることで、よく理解できる現象が多々あることも事実である。