天皇制絶対主義
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天皇制絶対主義(てんのうせいぜったいしゅぎ)とは、講座派による日本近代における近代天皇制の体制を定義した言葉。「絶対主義的天皇制」とも言われる。
明治維新後の政治体制を、絶対主義とみなし「絶対主義天皇制」と規定したのは、主に唯物史観を取り入れた左翼歴史学者である。この場合、明治維新から第2次世界大戦までの日本の政治体制は絶対主義であり、明治維新はブルジョワ的市民革命ではなく、不十分な改革であったと評価される、左翼の社会経済史理論の一形態である。
これに対して、啓蒙君主と比較して論じる者や、明治維新を市民革命と比較する視点もある。いずれにせよ、これらの解釈は、ヨーロッパ史の封建制-絶対王政-市民革命という進展と、日本史の進展が必ずしも同じでないことから、様々に解釈されているといえる。
[編集] 参考文献
- 服部之総『天皇制絶対主義の確立』(『新日本史講座6』所収)
- 井上清『天皇制絶対主義の発展』(『天皇制に関する諸問題』1954年所収)