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家事使用人 - Wikipedia

家事使用人

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

家事使用人(かじしようにん、domestic servant)は他者の家庭において屋内の作業を行う職業。中世的な召使い・家臣から近代的な労働者への過渡的な存在であり、自分の意志で主人(雇用者)を選ぶ自由を持ったが、主人と対等な人格を認められることはなく、全面的な服従を求められた。衒示的消費の典型として、中流階級の繁栄とともに多くの労働人口、特に産業革命によって伝統的家族経済が崩壊し現金収入のために労働せざるを得なくなった女性を引きつけ、19世紀末から20世紀初頭までのイギリスにおいて最大の職業集団となった。ヴィクトリア朝イギリスに通底する「家庭の天使」、「完全な淑女」といった理念を支え、リスペクタビリティやスノビズムと深く結びついていたため、ヴィクトリア朝を象徴する職業の一つといわれる。

20世紀前半までは圧倒的にフルタイム・住み込みでの形態が主流であったが、20世紀半ばまでにはその様な雇用形態の家事使用人は廃れ、現在ではオ・ペア(au pair, 語学留学などの際、ホスト・ファミリーの家事を手伝うかわりに少額の謝礼が支払われる)やパートタイムの家事労働者が主流となっている。

目次

[編集] 概説

[編集] 歴史的前提としての奉公制度

家事使用人の作業内容という点から見ると、同様の職業は人類の歴史上いたる所にみることができる。奴隷労働力が安価に供給されていた古代社会においては家内奴隷の仕事であり、自由民の仕事ではなかった。農業などの主たる産業の生産を奴隷に依存していなかった古代エジプトメソポタミアのような社会でも、家事労働に従事する家内奴隷は一般的だったのである。しかし中世になると、少なくとも西ヨーロッパにおいて、奴隷制はあまり一般的ではなくなり、それと共に家事労働についてまわった奴隷身分という烙印も薄れていく。特に中世のイングランドでは、若い貴族がより高位の貴族の屋敷において行儀見習いの一環として奉公するという慣習が存在していた。清教徒革命による社会混乱を期に男性の紳士見習いは下火となったが、それ以降も、貴族女性は自分の身近に置く侍女は良家出身者から選び続けていた[1]

これら奉公人は必ずしも貴族の屋敷のみで見られた存在ではない。多くの奉公人が出身とした、小農場主たちの家庭においても奉公人たちの姿は見ることができた。生家を離れ、自分と同じか、より上位の階層に属する「家族」に入り、独立し世帯を構えることが可能となるまでの期間を過ごすという習慣は、当時のイギリス社会において広範な階層において見られた奉公制度の一環であった。なお当時の「家族」は、家計を共にする集団全体を意味し、血縁のみならず奉公人までも含んでいたため、社会的に高位なほど、多くの奉公人を受け入れる事となり、「家族」の規模は大きくなった。この様な大家族では「家族」全体が家父長の支配・監督下に置かれており、奉公人たちは衣食住を保障される代わりに、「子供」に似た地位にある存在として「父親」である家長にほぼ全面的に従属していた。なぜなら当時の共同体を構成する単位は個人ではなく、家長を中心とした家族であったため、家長のみが世帯主として共同体における権利を主張できたのであり、彼との関係が無ければ、奉公人に限らず「家族」の成員は社会的にいかなる発言権も持っていなかった[2]

[編集] 家族関係の変化

従属的な立場にあったとはいえ、中小の農場主たちの世帯においては本当の家族の様に手厚く扱われることも少なくなかった様である。小農場主の妻であれば奉公人と並んで家事を行うことも珍しくはなく、奉公人との社会的出自も大きくは違わなかったため、しばしば見分けがつかないこともあった[3]。主人と奉公人、両者の間の峻別が進むのは18世紀のことである。産業革命囲い込みによって生じた伝統的家族経済から消費者経済への転換は、生産単位でもあった「家族」を単なる消費の場へと変化させた[4]。それに伴い、家族の延長であった奉公人も共同体から切り離された労働者である使用人としての性質を強めていく。

主人とサーヴァントとの社会的立場の乖離は別の要因からも加速された。農業革命以降、イギリス農業は効率化を推し進めヨーロッパにおける農業先進国としての地位を確立していたが、農業生産の増加と穀物価格の上昇は農場主たちの経済力を確実に向上させ、18世紀末までには料理人や複数の使用人を雇用することを可能にしていた。このことは、かつては家事使用人と並んで家事や農作業を行っていた農場主の妻たちが家事と家業から手を引くことを意味した[5]。使用人たちを働かせ妻をあらゆる種類の労働から引き離しておく事は家長たる夫の経済力の証明となり、それはやがてリスペクタビリティを示す上で不可欠なこととなっていく。

[編集] 雇用者の増加

農場主が複数の家事使用人を雇用可能になったことと平行して、家事使用人を雇用することが可能な、潜在的な主人たちが増加を始めていた。元々、家事使用人を雇用していた人々は主に地主貴族、農場主など農村における有力者、いわば農業資本家たちであったが、商業革命の結果、商人や専門職など中間層と呼ばれる人々が興隆し始めたのである。彼らが新たな雇い主となり家事使用人の数は急速に増加し、17世紀までに役人、専門職、商人などは男性に比べ安価な女性使用人を雇用している様になっていた[6]。その後、ミドルクラスの成長と足並みを揃えながら、家事使用人の数は増加の一途をたどり、19世紀末から20世紀初頭に最盛期を迎える。その背景にある要因として、家事使用人の雇用が衒示的消費の最たるものであったこと、そのために所属階級の指標と見なされていたことが挙げられる。またイギリス帝国の拡大に伴う本国における深刻な女性人口の過剰、そして何より他に選択肢となりうる職業の欠如も挙げられる。

[編集] 女性使用人への転換

中世においては貴婦人の侍女や洗濯婦を除くと家事使用人の職はほぼ男性によって占められていた[7]。その要因として中世までの使用人はその根本的な性質において封建的な家臣であり、有事の際には戦力として見做されたこと[8]、また伝統的な家族経済においてはそもそも女性が現金収入のために正規の労働力として働きに出る必要が無かったことが挙げられる。

しかし、この男女比は18世紀後半を境に大きく変化する。アメリカ独立戦争の戦費を賄うため、全ての室内男性使用人に対し課税が行われる様になると、多くの職において男性に代わり女性が雇用される様になった[9]。その他にも男性使用人の賃金が高騰した上に、事あるごとに主人や来客に対し「心付け」を要求するなど、「反抗的な」態度がしばしば指摘され、そのために、より従順で扱いやすいと考えられた女性が使用人に適すと考えられたことを忘れてはならない。女性使用人の先天的性質を服従と忠誠に結びつける事は言うまでもなく「幻想」であったのだが、産業革命の進展にともない家事使用人に代わる雇用が生まれ、立場が向上した男性とは異なり、同じ産業革命により伝統的な仕事(糸紡ぎなど)が失われたにも関わらず、鉱山周辺や新興工業都市以外では家事使用人に代わる雇用が存在しなかった為、女性使用人は男性使用人より従順にならざるを得なかった。

ただ、使用人税を境に大きく減少したものの、男性は依然として家事使用人として重要な役割を占めていた。コストの点では圧倒的に女性使用人が安価であったが、男性使用人はその高いコスト故に衒示的消費としての価値を高めたためである。

[編集] 家事使用人の衰退期

第一次世界大戦は人類史上初の総力戦であり、イギリスも他国の例に漏れず、全国民、全産業を挙げて戦争に協力し、家事使用人も例外ではなかった。男性、特に若者たちを給仕や従者などに従事させていることが批判されたのに加え、愛国心に駆られた雇用者たちが使用人に対して従軍を奨めることもしばしば行われた。彼らはイギリスに勝利をもたらすべく屋敷を離れ、戦場あるいは工場へと職場を変えていった。男性使用人のみならず、女性使用人にとっても第一次世界大戦は一つの転機であった。多くの男性人口が軍隊に流入した結果、男性によって占められていた工場労働者、店員、事務員といった職が極端な人手不足となったのである。これらの欠員を埋めるべく、臨時に他産業から労働資源の再配分が行われた。女性労働人口の大部分が従事し、イギリス国内において最大の職業人口を誇った“domestic service”がその供給源となったのである。

家事使用人たちが新たに得た職は戦争終結と同時に復員した男性によって再び占められることとなるが、家事使用人以外の選択肢が示されたという点で、この一時的な開放は大きな意味を持った。これ以降、使用人たちは以前から感じていた不満(雇い主との差別待遇、私生活に対する干渉、いつ終わるとも知れない労働など)をより強く意識するようになる。自由を求める家事使用人と従来の「節度」を守らせようとする雇用者の軋轢は第二次世界大戦を経て更に続き、多くの人々が家事使用人ではなく、タイピストなどの新しい職業を選択する。戦後の社会変化で家事使用人を雇用する生活自体が過去のもの、あるいは特権的なものとなるにつれ、かつては中流以上のすべての世帯で見られた家事使用人の存在はごく限られた一部の富裕層にしか見られない「貴重品」となっていった。

[編集] 家事使用人をめぐる言説

[編集] 二つの国民

当時のイギリス社会には富める者と貧しい者を別々の「二つの国民」として捉える考え方が存在していた。ディズレーリに由来するこの言葉は単純な経済状態のみならず、社会的、政治的な立ち位置をも含んだ概念である。労働者と中・上流、支配する側とされる側、家事使用人の存在はこのどちらに属するか、そのことを端的に示す要素として理解されていた[10]

[編集] リスペクタビリティとスノビズム

ヴィクトリア朝における家事使用人の急増を理解するためにはリスペクタビリティ[11]とスノビズムについて理解する必要がある。リスペクタビリティとはイギリスにおける社会的立場を示す「立派さ」のことであり、家事使用人の雇用にみられる衒示的消費はリスペクタビリティを示す手段の一つであった。家事使用人を雇用し家事労働からの解放を示すことは、下層中流階級にとって辛うじて可能な衒示的消費あった。

当時のイギリス社会では、社会的により上層のリスベクタブルである(立派な)文化や生活様式を模倣することで、階級的な差別化を図るスノビズムと言われる行動が広く行われており、ヴィクトリア朝において未曾有の繁栄を遂げた中流階級はジェントルマンたちの生活をこぞって模倣した。今日の耐久消費財の様にステータス・シンボルとなったそれらは旅行であったり、馬車であったりしたが、中でも最も一般的であったのが家事使用人である。上流階級とは即ち有閑階級であり、「働かない人々」であった。上流階級の様に家事使用人を使役することによって、生活のための労働から解放された存在であることを誇示し、リスペクタブルな身分であることを周囲に示そうとした。勿論、十分な数の使用人を雇うことが出来る上層中流階級以上の人々ならともかく、たった一人の使用人を雇うのがやっと、という最下層の中流階級の家庭であれば、家事からの解放など望むべくもなかった。しかし、彼らは救貧院から就業可能年齢の13歳に達したばかりの少女を極めて安価に雇い入れてまで中流階級としての体面を保とうとしたのである[12]

[編集] パーフェクト・レディ

「完全な淑女」、生活のための労働は勿論、家事使用人により家事からも解放された存在。ヴィクトリア朝の中流階級において追い求められた偶像である。どの程度の家庭で実現されていたかの目安には、女性使用人の統括を職務とするハウスキーパーの存在がある程度有効であろう。使用人の管理すら家政婦に委ねていれば、「完全な淑女」として異論の余地はないと思われるからである。しかし、家政婦の雇用が可能となる収入は一般的中流階級として恥ずかしく無い程度に「リスベクタブル」と見做される三人の使用人というラインを大きく上回っている[13]。こうした事情から、中流家庭においては完全に労働から解放される事は実際には不可能であった。

[編集] イギリスにおける家事使用人の状態

[編集] 仕着せと家事使用人

家事使用人、特に女性使用人は特定の装いで描写される。一般にメイド服として知られるこの服装が定着したのは19世紀になってからのことである。それ以前の女性家事使用人は既製服が一般的でなく、衣服が高価であったため、雇い主が着古した服を身につけることも多かった。それで、しばしば雇い主とも使用人とも面識の無い人間から見た場合、どちらが雇い主であるのか分からず混乱を生じる場合があった。19世紀に急速に増加した中流階級、特にその下層においては立ち居振る舞い、教養などをとっても労働者階級に属する家事使用人たちとそれ程大きな差はなかったゆえであった。少なくとも、下層中流階級であれば地主貴族と労働者を比較した場合明らかに後者との距離の方が短かったことは否定できない。そこで、家事使用人の立場を明確にし、雇い主との差別化を図るために考案されたのが、仕着せ、所謂「メイド服」である[14]

メイド服には午前用と午後用の二種類が存在し、一般に知られている、黒のドレスに白いエプロン、白いキャップという服装はフォーマルに合わせた午後用のものである。もう一方の午前用の仕着せは淡い青かピンクのプリント地の服である。どちらの場合も家事使用人としての立場を明示的に示すための記号としての役割を、作業着としての性質とともに合せ持っており、カチューシャなどのアクセサリー類が存在する余地はなかった。これらの服は原則的に家事使用人の自弁とされており、雇用に際して前もって準備することが求められていた。これらの服を、替えも含めて準備するとなるとかなり纏まった金額が必要となり、娘を働きに出す労働者階級の家庭にとっては大きな負担となった[15]。幸運に恵まれれば慈善家からの援助を受ける事もできたが、多くの場合は本人が見習いを兼ねてパートタイムの家事労働で初期費用を賄う必要があった。都市部などでは互助会などによる積み立てを利用する事もあった。

男性使用人の場合は女性使用人とは異なり、基本的に仕着せは雇い主によって支給されていた。これは中流階級にとって女性使用人は雇っていて当然の存在と見做されていたのに対し、男性使用人は給与が高額であったために中流でも上層に位置する家庭でしか雇用できず、華美な仕着せによって積極的に存在を示すべきものだったためである。このような男性使用人、特に従僕には仕着せに加え、髪粉なども支給されていた。

[編集] 待遇と生活

“below stairs”とは、家事使用人の生活を端的に表す言葉である。「階下」という言葉の通り、家事使用人は多くの場合、地下室で生活をしていた。これに対し、地上で生活する雇い主一家は“up stairs”と呼ばれた。男性使用人と女性使用人の両方が雇われている場合、女性使用人は屋根裏に寝泊まりすることのが多かったにせよ、その待遇は地下室と大差なかった。また家事使用人について特筆すべきはその給与である。19世紀を通じて家事使用人の給与は殆ど変化がなかった。これは当時の経済成長からみて異様に思われる。しばしば紅茶砂糖ビールといった嗜好品については別途費用が支給されることもあったが、それを加味しても給与は決して十分とは言えなかった。原則的に食費が必要なく、蝋燭の燃えさし、客人からのチップなどの、時には給金に匹敵した職業上の「役得」があってはじめて家事使用人は生活していくことができた。

都市に比べて農村では家事に加えて農業や酪農にかり出されたり、地主貴族に比して中流の家庭では元を取ろうとより酷使される傾向があったりと、地域や雇い主によって細かな差はあったが、家事使用人の仕事は総じてオーバーワークであった。比較的条件の良い貴族の屋敷でさえ、厳密な時間管理と巧妙な連携、そして個人の奮闘があって初めて作業をこなすことができた [16]。低賃金と重労働のため、家事使用人は常によりよい条件の職場を求めており、次々と世帯を渡り歩くこともしばしばであった。

[編集] 雇用と求職

中世の奉公人とは異なり、使用人は雇い主を選ぶ自由を持っていたが、反面、仕事は自分で探す必要があり、職の紹介は非常に重宝された。特に農村出身者が初めて家事使用人の職に就く場合は地域の有力者が然るべき職場を紹介することが多かった。都市出身よりも従順でつらい仕事にも良く耐えると考えられていたため、農村出身者は然るべき紹介さえあれば比較的容易に働き口を見つけることが可能であった。また家族の噂話を近隣に広めない為には可能な限り遠方出身者を雇用する事が望ましいとも考えられていた。有力者に縁故が無い場合、代わって斡旋を行ったのは小売業者であった。様々な家庭に出入りする商人はどの家庭が人手を欲しがっているかを良く認識していた。また友人・同僚の紹介という手段も有効であった。雇用主や上司の性格など職場内部の情報を事前に詳しく聞くことができるという点でこの方法は優れていた。これといったツテの無い地方出身者は雇用市を利用した。これは特に農場主の家庭に雇われる家事使用人に利用される事が多い方法で、職種を表す箒やスプーンを持ち使用人を探す人たちに自分を売り込む場所であった。しかし、この雇用市の習慣は奴隷市場を連想させることから次第に下火になっていった [17]。替わって登場したのが新聞広告と斡旋所である。これら二つの手段は特に都市部において頻繁に利用されていたが、詐欺などに利用されることもあり、知り合いに紹介してもらう方が好ましいとされていた [18]。最後に救貧院出身者には救貧院からの斡旋という途があった。救貧院では就業可能年齢になるとすぐに救済を打ち切り、収容者を働きに出したが、女性であれば選択の余地は殆ど無く、家事使用人の職が紹介された。しかし、この様な救貧院出身者は給与が低い反面、高価な品物の扱いには慣れていないと考えられており、彼女らを雇い入れたのは中流でも最下層の人々が殆どであった [19]

[編集] 職業としての家事使用人

家事使用人という選択は20世紀初頭までは特別な技能を持たない女性にとって最大の、そして多くの場合、生計を立てるほとんど唯一の手段であった。この職業は自由意志に基づく賃金労働という近代的な労働の条件を満たしてはいたが、多くの場合、住み込みでの勤務を求められた上に明確な勤務時間の規定が存在しなかった。また雇用者に対して無条件での服従を求められる場合も多く、そのため、中世的な奉公人から現代的な労働者に移行する上での過渡的な存在であると見なされる[20]

[編集] 職種と概要

性別や作業内容によりいくつかの職種に分類される。以下に代表的なものを挙げる。

家令 (house steward)
上級使用人である執事・家政婦の更に上に位置し、主人に代わり全てを統括した。全ての使用人の雇用について決定権を持つ。大貴族など極めて規模の大きな世帯においてのみ見られた。
執事 (butler)
主人に代わり男性使用人を統括する上級使用人。男性使用人について雇用の権限と責任を持つ。食器や酒の管理および給仕などを行った。富裕層(上層中流以上)の世帯にのみ見られ、規模の極めて大きな世帯では複数の執事がおかれることもあった。
家政婦 (housekeeper)
女主人に代わり、女性使用人を統括する上級使用人。保存食やリネン類の管理などを行った。女性使用人について雇用の権限と責任を持つ。執事と同様、富裕層にのみ見られた。
料理人 (cook)
主人一家の食事を調理した。大きな規模の屋敷では男性の職業料理人が務めたが、一般的な家庭では女性の料理人が担当した。男性料理人の場合、フランス人やイタリア人が好まれ、多額の給金が支払われた。特にフランス人料理人は最高にリスペクタブルであるとされた。
従者 (valet)
主人の身の回りの世話を行う。執事か従僕がこの役目を兼ねることが多く、専門の従者は、家令同様、最大規模の世帯においてのみ見られた。
小間使い (lady's maid)
女主人の身の回りの世話をする侍女。女主人の身近に居るため、他の女性使用人よりも上位に位置する。
従僕 (foot man)
主人や女主人が出かける際に付き添ったり、屋敷で執事の補佐として給仕を行ったり、玄関で客人の取り次ぎを起こった。主人の裕福さを誇示するために華美な髪粉や仕着せを身に着けており、孔雀に例えられた。しばしば怠惰で横柄な勤務態度の者がいたようで、サッカレーディケンズらによって強く非難されていた。衒示的消費としての家事使用人という観点から言えば、最も典型的な使用人とも言える。
保母 (nurse maid)
小さな子供がいる場合に子守をし、日中は子供たちを公園まで散歩に連れて出した。産児制限という概念の無いヴィクトリア朝においては必要性が高かったが、他の使用人に比べ外部との接触が多く、「不道徳」な行いを非難されることもあった (Mayhew(1985): p.485)。
給仕 (parlor maid)
給仕を行う。執事が給仕をする場合はその補佐を行う。
女中 (house maid)
家の中の掃除やベッドメイクなどを行う。従僕とは別の意味で典型的な使用人であり、主人たちの目に触れることなく、静寂の裡に家中を整えることによって主人の社会的立場を示した。
台所女中 (kitchen maid)
料理人の下働きとして主人一家の食事を調理する際の補助などを行った。また、正規の料理人が主人の食事以外を作らない場合、使用人たちの食事は台所女中が調理した。
洗濯婦 (laundry maid)
洗濯を行う。規模のそれ程大きくない屋敷では早くに外注化され専門業者に委託されたため、家令、従者とともに規模の大きな屋敷でのみ見ることができた。
雑働き女中 (general servant/ maid of all works)
上記の職種、何れにも該当しないか、或は全てに該当し、あらゆる家事を行う使用人。複数の使用人を雇う経済的余裕の無い中流最下層の家庭において見られた。何らかの理由で紹介状を得られなかった者や、救貧院で育ち、就業可能年齢(13歳)に達したばかりの少女たちが雇用されることが多かった。一般的に言って賃金・待遇ともに劣悪な場合が多かったが、数の上では全使用人中、最大の集団であった。
家庭教師 (governess)
子供や若い娘のいる家庭で行儀作法や教養を教える教師。多くの場合、自力で生活の糧を得なければならなくなった中流階級出身の娘が雇われた。雇われの身ではあるが、中流階級出身であり使用人ではないという位置づけのため、他の使用人から孤立し、微妙な立場となることが多かった。

[編集] 収入と世帯規模

参考までに各階層毎に適正、あるいは「身の丈にあった」とされた世帯の規模を大まかに記す (Beeton, p.16 及び Huggett, p.54)。

中流最下層(150-200ポンド)
辛うじて雑働き女中を一人。
中流(-500ポンド)
料理人、女中、子守といった家事に必要な三人。男性使用人は雇えない。
中流上層(-1200ポンド)
実務上必要な三人に加え、男性使用人である従僕や、小間使いといった衒示的性格の強い使用人を雇う。女中が複数になる場合もある。
上流および中流最上層(-5000ポンド)
執事、家政婦といった使用人の管理を代行する上級職が加わる。
最富裕層
家令、外国人料理人、従者、洗濯婦を含む全ての使用人を雇用。

[編集] 脚注

  1. ^ ホーン、1975、3ページ
  2. ^ 村岡・川北、2003、101ページ
  3. ^ Huggett,1977, p8.
  4. ^ 村岡・川北、106ページ
  5. ^ Huggett, pp.8-10.
  6. ^ Huggett, p.7.
  7. ^ 河村(1982):155ページ
  8. ^ ホーン,7ページ及びブリッグズ,2004, 167ページ
  9. ^ Huggett, p.21
  10. ^ 河村、149ページ
  11. ^ リスペクタビリティ(respectability):世間体、市民的価値観などと訳される。
  12. ^ Flanders,2004, pp.130-133.
  13. ^ ホーン、85ページ。河村、159ページ。Huggett, p.54およびBeeton,2000, p.16
  14. ^ 河村、157-159ページ
  15. ^ Huggett, p.58.
  16. ^ Sambrook,1999, p99.
  17. ^ May, 1998, p6.
  18. ^ Beeton, p14.
  19. ^ Flanders, pp.130-132
  20. ^ ホーン、180ページ

[編集] 参考文献

  • 小林章夫 『召使いたちの大英帝国』 洋泉社<新書>、2005年
  • 河村貞枝 「ヴィクトリア時代の家事使用人」『路地裏の大英帝国』、角山榮・川北稔編、平凡社、1982年
  • J.スウィフト 『奴婢訓』 岩波書店<文庫>、1950年
  • バンクス夫妻 『ヴィクトリア時代の女性たち』 河村貞枝訳、創文社歴史学叢書、1980年
  • L.ピカード 『18世紀ロンドンの私生活』 田代泰子訳、東京書籍、2002年
  • K.ヒューズ 『十九世紀イギリスの日常生活』 上松靖夫訳、松柏社、1999年
  • A.ブリッグズ 『イングランド社会史』 今井宏他訳、筑摩書房、2004年
  • P.ホーン 『ヴィクトリアン・サーヴァント』 子安雅博訳、英宝社、2005年
  • S.マーロウ 『イギリスのある女中の生涯』 徳岡孝夫訳、草思社、1994年
  • 村岡健次、川北稔編著 『イギリス近代史 [改訂版] 』ミネルヴァ書房、2003年
  • E.ロバーツ 『女は「何処で」働いてきたか』 大森真紀、奥田伸子訳著、法律文化社、1990年
  • Beeton, Isabella. Book of Household Management. Oxford : Oxford University Press, 2000
  • Flanders, Judith. Inside The Victorian Home. New York : W.W.Norton & Company, 2004
  • Huggett, Frank E. Life Below Stairs. London : Book Club Associates, 1977
  • May, Trevor. The Victorian Domestic Servant. Buckinghamshire : Shire Publications, 1998
  • Mayhew, Henry. London Labour and The London Poor, London : Penguin Books, 1985
  • Sambrook, Pamela. The Country House Servant. Gloucestershire : Sutton Publishing, 1999

[編集] 関連項目

他の言語

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