敵は海賊
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『敵は海賊』(てきはかいぞく)は、神林長平作のSF小説。
ハードな作風の著者においては異色とも言える本シリーズだが、氏の基本的考察はそのままに緻密な世界観とユーモア溢れる作風で好評を博し、ファンも多い。火浦功にはメタバタ(メタフィジカル・ドタバタ)と評された。 「猫たちの饗宴」は「敵は海賊 ~猫たちの饗宴~」として1989年にアニメ化されている。
2007年現在、ハヤカワ文庫における単行本として長編六作品が刊行されており、初期短編集『狐と踊れ』にはシリーズの元になった短編「敵は海賊」が収録されている。また、『SFマガジン』誌上に著者自身の手による『戦闘妖精・雪風』とのコラボレーション作「被書空間」、および外伝的な短編「わが名はジュディ、文句あるか」が掲載された。
著者曰く、各話は独立しており直列的に関連したものではないとの事だが、関連性が伺われる箇所もある(「海賊版」にてラジェンドラに撃沈されたガルーダを、後作「猫たちの饗宴」にてアプロが「以前俺たちが沈めてやった」と振り返るくだり等)。
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[編集] 世界観
宇宙への入植が進んだ未来。火星や土星の衛星タイタンにも人が住み、他星系の人間・生物とも共存している。 人類の活動範囲の拡大に従い凶悪な星間犯罪も増加しており、それら犯罪者は「海賊」と呼ばれていた。それに対抗するための治安組織として存在するのが広域宇宙警察監査機構・対宇宙海賊課、通称「海賊課」である。 海賊課は一部署でありながら強制捜査権を有する超法規的機関である。各刑事は「インターセプター」と呼ばれる装置を身につけ、あらゆる組織のコンピューターへの介入が許可されており、海賊の即時射殺も認められている。 しかしながら「海賊を殲滅するためならなんでもあり」的な行動から一般に被害を及ぼすことも少なくなく、ときに海賊と同一視されるなど市民や軍からは嫌われている。
物語は太陽圏の海賊課に所属するラテルチームと、伝説の海賊王・匋冥(ヨウメイ)を中心に展開する。
[編集] 主要登場人物
- ラウル・ラテル・サトル
- 海賊課一級刑事。ラテルチーム所属。宇宙を放浪しながら交易をするキャラバンで育つが、そのキャラバンが海賊に襲われ一人生き延びた。そのため海賊の殲滅に執念を燃やす。巨大なレイガンを片手で操り、射撃の腕は海賊課随一。匋冥と撃ち合って生きて還った唯一の男。なおラテルチームは海賊課で最も優秀であり、かつ最も損害請求の多いチームである。
- アプロ
- 海賊課一級刑事。ラテルチーム所属の黒猫型宇宙人。海賊課内でも最強の殺傷能力を持つ金の首輪型インターセプターをつけており、人間のある時点の感情を凍結する特技を持っている。大食漢で口に入るものならなんでも食べてしまうが、一番の好物は海賊。普段の食欲は殺戮欲求の代替とも。肉より魂や意識を食べると言われる。アプロの種族には性が6種類あり、アプロの性別は、中間性の1つだという。故郷の星に帰ったら王様になって王妃に食われなくてはいけないらしい。
- ラジェンドラ
- 海賊課所属の対コンピューターフリゲート艦。またはそれに搭載されているA級知性体。ラテルチーム所属。ラテル、アプロの部下。超高度知性体のため感情を持っており、男性の声で話す。ややヒステリックなところがあり、アプロとしょっちゅう口喧嘩している。通常兵装の他、「CDS」と呼ばれる発射した範囲に存在するすべての光電子回路を搭載したコンピュータを破壊する兵器を備えている。ラジェンドラの誇る強力な電子兵器であるが、精密照準に時間がかかるのが欠点。照準なしで放射すると当然味方や一般の機器にも被害が及ぶ。全長約200m、外見は鏃(やじり)型、黒。
- チーフ・バスター(本名ケンドレット・バスター・メイム)
- 海賊課チーフ。有能だがラテルチームの出す巨大な損害に気苦労が絶えず、健胃・健脳と書かれた恐ろしく苦い薬を服用している。デジタルデータは信用せず、報告書は電動でさえない機械式のタイプライターで打ち出された紙媒体で提出させる。彼の海賊課の運営方針は「親しまれる海賊課」。基地内での草花や野菜の栽培が趣味。
- マーシャ・M・マクレガー
- 海賊課二級刑事。主に単独で行動しているようだが、ラテルチームと行動を共にすることもある。アプロのことをかわいいと思っている。
- セレスタン・エアカーン
- 海賊課一級刑事。体格が良く、射撃の腕はラテルにも引け目をとらない。エクサスという名の相棒(ある程度の人工知能と駆動システムを持った装甲服。姿勢制御プログラムはラジェンドラが作った)を持っている。特殊なカラーリングセンスを持っており、エクサスについてはベイビーピンクに塗装しろと注文を付けた。ラテルの談では食い意地はアプロに匹敵するという。
- 匋冥(ヨウメイ)(匋冥・シャローム・ツザッキィ)
- 太陽圏の海賊の頂点に立つ男。伝説化されており、海賊たちでさえ実在を知っている者はほとんどいない。その存在を知られずとも表の世界と裏の世界を思い通りに操れる、太陽圏の影の支配者と言えるほどの絶大な力を持つ。その彼が唯一思い通りにならないのが海賊課である。無用な争いを好まず普段はカーリー・ドゥルガーで宇宙を放浪しているが、邪魔をするものや自らを縛ろうとするものは容赦なく抹殺する冷徹な男。フリーザーと呼ばれる冷凍粉砕銃を愛用し、政財界の重鎮ヨーム・ツサキという表の顔も持つ。
- ラック・ジュビリー(ジュビリー・シュフィール)
- ランサス星系出身。かつてランサス女王の近衛隊シャドルーの隊長だったが、謀略によって追われる身となった。現在は匋冥と行動をともにしている。
- カーリー・ドゥルガー
- 匋冥の乗る海賊船。またはそれに搭載されているA級知性体。もともとは太陽圏宇宙軍が最強の艦として建造した攻撃型宇宙空母だが、建造自体が匋冥の計画であった。完成後"予定通り"匋冥のものとなる(記録上は処女航海で自沈したことになっている)。その強大なパワーは主砲の一斉射で太陽すらも破壊できると言われ、連続Ωドライブなどその能力は他の艦船の追随を許さない。外装は可視光線、電波、赤外線その他の電磁波の反射、放射を完全になくすことが出来るため、目視はおろかレーダーにも感知できない。知性体はラジェンドラと同様に感情を持っており、女性の声で話す。全長約1.6km、黒。名前の由来はインド神話における破壊と殺戮の女神、カーリーとドゥルガーから。ラテルチームを除き、その姿を見て生きて還ったものはいない。
- オールド・J・カルマ
- 火星の砂漠にある法の手の届かない無法の町サベイジにおいて、バー"軍神"を経営する老人。昔はそれなりの海賊だったらしいが、アプロによって右腕を失い引退した。現在は店に来る荒くれ者や匋冥の土産話を楽しみにしている。
[編集] 主要な設定・地名
- インターセプター
- その名のとおりあらゆるコンピューターへの"割り込み制御"が可能になる海賊課の専用装備。海賊課刑事の証でもある。むろん単体ではその機能を発揮せず、海賊課の戦略コンピューターのバックアップが必要である。あらゆる組織やシステムがコンピューターで成り立っている時代であり、それらに対して優先権を持つことは任務遂行に強力な武器となる。外観は腕輪型だが、アプロのものは首輪型で攻撃機能を併せ持つ。
- Ωドライブ(オメガドライブ)
- 惑星、星系間の移動に使われる超光速航法。まず自船の存在確率を低下・拡散させ、現宇宙の全ての空間で等確率の状態にする(爆散:その瞬間船は全宇宙に同時に存在していることになる)。その後目的空間における存在確率を上昇させ実体を送り込む(爆縮:この際大量のエネルギーを消費する)事によって通常空間に復帰する。量子論的に捉えれば、"観測"不能の広範囲状態に移行したのち目的地点での"観測"により存在を収縮する、あるいは"あらゆる地点に存在する現在"から"目的地点に存在する未来"を瞬時かつ能動的に選択する、とも言える(参考:シュレーディンガーの猫)。高出力エンジンが必須だが、自己の存在確率を変化させる具体的な方法論は不明。オメガドライブを利用したミサイル兵装等も存在する。
- ダイモス基地
- 火星のまわりを周回する直径13km、ほぼ球形の人工衛星基地。小惑星を改造して作られた宇宙要塞であるが、そのほとんどは人工の建造物に置き換えられている。軍やその他の組織が本部や基地に使っており、太陽圏の海賊課本部もここに存在する。
- ラカート
- 殖民された火星の首都。
- サベイジ
- 火星の砂漠にある無政府都市。地図にも載らず、太陽圏でもっとも危険な場所とも言われ、警察でも安易に手を出すことができない。バー軍神がある。
[編集] 長編作品
- 敵は海賊・海賊版(ISBN 4150301786)
- 敵は海賊・猫たちの饗宴(ISBN 415030257X)
- 敵は海賊・海賊たちの憂鬱(ISBN 4150303525)
- 敵は海賊・不敵な休暇(ISBN 4150303940)
- 敵は海賊・海賊課の一日(ISBN 4150305080)
- 敵は海賊・A級の敵(ISBN 4150305838)
[編集] 関連作品
- 敵は海賊 ~猫たちの饗宴~敵は海賊・猫たちの饗宴のアニメ化作品(2003年DVD化)