河口域英語
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河口域英語(Estuary English)とは、1980年前後からイギリス・ロンドンとその周辺=テムズ川の(広義の)河口周辺で使われるようになった英語で、イギリス英語の一種。
イギリスでは、上流階級の英語として容認発音(Received Pronunciation, RP)が19世紀から広く使われる。一方、その首都ロンドンの労働者階級の間では、コックニー(Cockney)と呼ばれる言語が使われてきた。しかし、RP話者とコックニー話者のどちらにも違和感を覚える新中間階層により、そのどちらとも違う新しい英語が作り出されてきた。東京周辺での日本語使用状況と比較すると、大まかに以下の点が指摘できる。
英語 | 日本語 | ニュアンス(日本語) |
---|---|---|
RP | 山の手言葉 | それは少々難しゅうございますから… |
コックニー | 江戸言葉 | おめえさん、こんなこともわからねえのかよ? |
河口域英語 | 首都圏方言 | 僕的には十分面白いと思うんだけど… |
つまり、
- RP(日本語の山の手言葉にほぼ相当)は上流階級らしさが顕著な言語であり、若干「お高くとまった」印象がある。
- コックニー(日本語の江戸言葉にほぼ相当)はいわゆる下町らしさが漂った言語であり、少々「俗っぽい」印象がある。
これらの言語の話者とはまた違った層の人々が、“自分たちの言語”として作り上げてきたのが河口域英語だといえる。
以前はRPだけで放送を行っていたBBCでも、現在では河口域英語を含む多様な英語の話者を採用しており、また社会の名士とみなされる層の中にも、河口域英語の特徴を取り入れた表現を行う人も少なくない。例えば故ダイアナ元皇太子妃や現首相のトニー・ブレアの英語は河口域英語の特徴が多少あり、ザラ・フィリップス(第一王女であるアン王女の長女)の発音は河口域英語の影響が強い。
コックニー発音との共通点:
- 二重母音・長母音の発音が異なっている。具体的には/eɪ/が[aɪ]に(day [daɪ])、/iː/が[əi]に(keep [kəip])、/aɪ/が[ɒɪ]に(like [lɒɪk])、/ɔɪ/が[oɪ]に(oil [oɪl])、/aʊ/が[æː]に(town [tæːn])なる。
- 音節末のtをはっきり発音せず声門閉鎖音となる(water→[[wɔːʔə]] ウォーッア)、(eight[eɪt ]→[eɪʔ] エイッ、と息を飲み込むような形)。
- 単語末の狭母音や半母音と次の単語の母音との間にrの挿入(America is→America-ris)。
- 強勢のない歯茎側面接近音[l]の円唇後舌母音・半母音化(little [lɪʔʊ])、able [eɪbl]→[aɪbɪ])。
コックニーの特徴であるth>f化(例: fink < think)やhの脱落(例ee as an at < He has a hat―子音 h が脱落するため不定冠詞は an)は河口域英語では見られない。