灰色藻
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
灰色藻(かいしょくそう)は淡水に棲む単細胞真核藻類の小さなグループである。細胞内にシアネレ(cyanelle; シアネルとも)とよばれる原始的な葉緑体を持つ事で特徴付けられる藻類で、小規模ながらも独立の植物門(灰色植物門)を構成する。
「灰色」と名付けられてはいるが、細胞の色は藍藻と同様に深い青緑色である(生物の写真は外部リンク先を参照)。そもそも灰色植物門「Glaucophyta」の語源であるギリシア語の glaucus は地中海の色(sea-green)を表現する言葉であったが、これが英語の glaucous(淡い青緑色、青味がかった灰白色)を経て和訳された際に、単なる灰色になってしまったという経緯がある。
目次 |
[編集] 細胞構造
[編集] 葉緑体
灰色藻の葉緑体(シアネレ)は、緑色植物及び紅色植物と同様に藍藻が細胞内共生(一次共生)して生じたものとされている。灰色藻と一部の原始紅藻は、色素として藍藻が持っているフィコビリンタンパクを残している為に青緑色に見えるが、緑色植物では既に失われている。
灰色藻のシアネレは色素組成の他にも、一重のチラコイドが同心円状に配列するなど藍藻と共通する特徴を備える。シアネレは二重膜であるが、その二枚の膜の間にはペプチドグリカン層が存在する。これは細菌の細胞壁と同様の材質であり、共生した藍藻の細胞壁の名残であると考えられている。つまり灰色藻のシアネレは、細胞内共生した藍藻の特徴を色濃く残す葉緑体なのである。
シアネレは現生の藍藻に似てはいるが、ゲノムサイズが縮小するなど細胞小器官としての変化も進行している。灰色藻 Cyanophora paradoxa ではシアネレゲノムの解析が為されており、それによればゲノムサイズは127kb程度、コードされている主要な遺伝子は他の植物の葉緑体と共通するという。ゲノム内に逆行反復配列(IR; Inverted Repert)を持つ点も同様である。シアネレは、藍藻が独立の藻類から葉緑体という細胞内小器官へ移行していく過程と仕組みを知る上で貴重な構造である。
[編集] 鞭毛
灰色藻で遊泳細胞を生じる属では、細胞は二本の不等長鞭毛を備える。鞭毛には非常に細かい小毛が生えている。灰色藻の鞭毛装置には、多層構造体(MLS; Multi-Layered Structure)と呼ばれる配列微小管と層状構造の複合体が存在する。これは緑藻類に多く見られる構造であり、灰色藻と緑藻との関係を探る上で興味深い。
[編集] その他
[編集] 分布
淡水域にのみ出現する。特に、ある程度標高の高い湿原などに多い。低地の池にも見られるが、水量の少ない池よりもある程度水量や水質が安定した大型の湖沼を好む。このような分布を踏まえ、灰色藻の培養を行う場合には腐葉土や泥炭を煮出した抽出液を培地に添加すると良い。
[編集] 分類
上位分類としては、緑色植物・紅色植物と共に、一次共生植物のグループであるアーケプラスチダに含まれる。灰色植物門内には4属のみが知られる。
- 灰色植物門 Division Glaucophyta
- Genus Glaucocystis
- Genus Cyanophora
- シアネレ数は少なく、C. paradoxaで2つ、C. tetracyaneaで4つ。二本の不等長鞭毛を持ち遊泳する。細胞壁は無い。
- Genus Gloeochaete
- Genus Cyanoptyche
- 多数の小さなシアネレを持つ。細胞は不動で、寒天質に包まれたコロニーを形成する。Gloeochaete の不動細胞に似るが、二本の鞭毛を伸ばしている点が異なる。
なお、かつて灰色藻として分類されていたが、その後の研究で別の系統のである事が判明した生物もある。今なお書籍やウェブサイトによっては混同されている場合があるので、注意が必要である。
- Glaucosphaera
- 単細胞紅藻(Bhattacharya et al. 1995)。葉緑体の色素組成から、灰色藻のような色を呈する。
- Paulinella chromatophora
- ケルコゾアの有殻糸状根足虫。この生物も藍藻由来の葉緑体であるシアネレを持ち、膜間にペプチドグリカン層を保持している。ただし、宿主の系統が離れている為に灰色藻には含めない。Paulinella のシアネレは、アーケプラスチダの生物とは別の一次共生によって獲得されたと考えられている。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 藻類30億年の自然史 -藻類からみる生物進化-:井上勲 著 東海大学出版会(2006) ISBN 4-486-01644-0
- バイオダイバーシティ・シリーズ(3)藻類の多様性と系統 pp. 173-6. :千原光雄 編 裳華房(1999) ISBN 4-7853-5826-2
- Bhattacharya D, Helmchen T, Bibeau C, Melkonian M (1995). "Comparisons of nuclear-encoded small-subunit ribosomal RNAs reveal the evolutionary position of the Glaucocystophyta". Mol Biol Evol 12 (3): 415-20. PMID 7739383
- Helmchen TA, Bhattacharya D, Melkonian M (1995). "Analyses of ribosomal RNA sequences from glaucocystophyte cyanelles provide new insights into the evolutionary relationships of plastids". J Mol Evol 41 (2): 203-10. PMID 7666450
[編集] 外部リンク
- ※「原生生物図鑑」中の記述の注意点
- Glaucosphaera の分類が誤っている。
- 「独立させずに藍藻類に含めることもある」と記述があるが、これは既に支持されない分類である。
- 「葉緑体を失った鞭毛藻類の細胞に~」と記述があるが、宿主となった鞭毛藻が二次的に葉緑体を失った生物であるのか、それとも元々無色の生物であったかという点には議論があり、共通見解は得られていない。