片岡光宏
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片岡 光宏(かたおか みつひろ、1962年3月22日 - )は広島県府中市出身のプロ野球選手である。
[編集] 来歴・人物
広島県内の強豪チームの誘いを蹴って広島県立府中東高校に入学。府中東はかつての北川工業時代には、高橋一三や伊原春樹らを輩出した広島県東部の強豪だったが、この頃は低迷し部員の大半が野球未経験者だった。3年時の1979年春の選抜にエースで4番として出場するも初戦で大敗。 高校在学中は東京の創価高校へ練習に通い、稲垣人司監督の下、指導を受ける。当時の創価高校には現解説者の栗山英樹もいた。
1980年のドラフト一位で広島東洋カープに入団。大型右腕として期待されたが大成せず、1985年に投手から内野手に転向。主に代打で活躍したが1988年は一年レギュラーで使われた。同年オフ中日ドラゴンズに移籍。1990年横浜大洋ホエールズに移籍、1991年引退。
[編集] 成績
179試合、395打数96安打。通算打率.243。
[編集] エピソード
打者転向後は、一発狙いのスイングで、三振かホームランかのタイプだった。将来のクリーンアップを打たせようと、広島の阿南準郎監督が1988年にサードとして使ったがエラーが多く、結局翌年トレードによって移籍している。
現在は夫人の実家のある宮崎市内で広島風お好み焼き店を経営している傍ら、アマチュア野球クラブチーム宮崎ゴールデンゴールズの監督もしている。