附帯私訴
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
附帯私訴(ふたいしそ、付帯私訴)とは、刑事事件で検察官が公訴を提起した場合に、当該犯罪の被害者が、刑事被告人に対する民事上の損害賠償を求める訴えを、公訴を審理する刑事裁判所に附帯して提起する制度。
附帯私訴の制度やこれに類似した制度は、大陸法系諸国の刑事法に定められている(ドイツの附帯私訴(Entschädigung des Verletzten)、フランスの私訴(action civile、検察官による公訴提起を前提としない点で異なる。)、イタリアの附帯私訴(Parte civile)など)。日本の現行刑事訴訟法には定められていないが、法制審議会で導入が検討されている。
目次 |
[編集] 概要
附帯私訴の手続きがとられると、刑事事件の審理と民事上の損害賠償に関する審理が同じ法廷で並行して行われ、有罪の場合には、有罪判決の言い渡しに続けて、損害賠償の支払いを命じる判決が言い渡される。
附帯私訴の制度は、旧刑事訴訟法(大正11年法律第75号)には置かれていた(567条~613条)が、現行刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)には置かれていない。
- 第567条
- 犯罪ニ因リ身體、自由、名譽又ハ財産ヲ害すセラレタル者ハ其ノ損害ヲ原因トスル請求ニ付公訴ニ附帯シ公訴ノ被告人ニ對シテ私訴ヲ提起スルコトヲ得
現行刑事訴訟法で附帯私訴制度が廃止された理由としては、(1)公訴の仕組みが複雑化したことから、併せて民事上の審理を行うことが難しくなったため、(2)旧法下でもあまり利用されなかったため、(3)現行刑事訴訟法が附帯私訴のないアメリカ法の影響を強く受けているため、(4)日本国憲法37条1項で特に「迅速」さを求められる刑事裁判が、民事上の審理によって長引くことを避けるため、などが挙げられている。この結果、犯罪被害者に対する民事上の救済は、刑事司法制度から分離され、犯罪被害者は別途訴訟を提起するものとされた。
しかし、2004年(平成16年)12月には犯罪被害者等基本法(平成16年法律第161号)が制定され、翌2005年(平成17年)12月には同法に基づいて「犯罪被害者等基本計画」が策定されるなど、犯罪被害者法制の見直しが行われる中で、犯罪被害者による損害賠償請求にかかる負担の軽減も図られることとなった。2006年(平成18年)9月、法務省は法制審議会に、附帯私訴、損害賠償命令等の「損害賠償請求に関し刑事手続の成果を利用する制度」の検討と要綱案のとりまとめを諮問した(諮問第80号)。早ければ、2007年(平成19年)2月の法制審議会総会の答申を受けて、第166回国会(常会)に法案が提出される予定。
[編集] 法制審議会の答申の概要(2007年(平成19年)2月7日答申)
「損害賠償請求に関し刑事手続の成果を利用する制度」という名称が付されており、厳密な意味での附帯私訴制度とは異なって、損害賠償の請求に対する審理は判決後に行われる。これは、刑事手続に対して同時に民事の損害賠償を認めると被告人の弁護活動が萎縮するおそれがあるという配慮に基づくものであると考えられる。
[編集] 対象
故意の犯罪行為により人を死傷させた罪、強制わいせつ及び強姦の罪、逮捕及び監禁の罪並びに略取、誘拐及び人身売買の罪等に係る被告事件における不法行為に基づく損害賠償の請求
[編集] 手続
第1審の弁論終結前に申出を行う必要がある。無罪、免訴、控訴棄却等の裁判があった場合は申し出が却下され、有罪判決があった場合判決後速やかに審尋等を行い特別な理由がない限り4回以内の手続で決定を行う。なお、複雑な事件や4回の手続で終了が見込めない事件は通常の民事訴訟に移行する。裁判所は、最初にすべき口頭弁論又は審尋の期日において、被告事件の訴訟記録を取り調べなければならないものとされ、刑事事件で用いられた証拠を用いることができる。
決定後、2週間以内に異議の申立てが無いときは、確定判決と同一の効力を有する。異議の申立てがあったときは、通常の民事訴訟に移行し、その決定は仮執行宣言が付いていない限りその効力を失う。
[編集] 参照資料
- 法制審議会第150回会議(平成18年9月6日開催)から、諮問第80号に関する部分を抜粋
- 「第1の事項は,「損害賠償請求に関し刑事手続の成果を利用する制度」であります。これについては,基本計画にもあるように,「多くの犯罪被害者等にとって,損害賠償の請求によって加害者と対峙することは,犯罪等によって傷付き疲弊している精神に更なる負担を与えることになり,また,訴訟になると高い費用と多くの労力・時間を要すること,訴訟に関する知識がないこと,独力では証拠が十分に得られないことなど,多くの困難に直面することなどから,現在の損害賠償請求制度が犯罪被害者等のために十分に機能しているとは言い難い」との指摘がございます。そこで,附帯私訴,損害賠償命令等,犯罪被害者等の損害賠償の請求に関して刑事手続の成果を利用することにより,犯罪被害者等の労力を軽減し,簡易迅速な手続とすることのできる,我が国にふさわしい新たな制度について,御審議をお願いしたいのであります。」
[編集] 参考文献
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 法制審議会第150回会議(平成18年9月6日開催) - 犯罪被害者等の保護に関する諮問第80号について
- 「附帯私訴制度案要綱」 - 全国犯罪被害者の会による試案。附帯私訴制度について詳しい説明がある。
- 犯罪被害者等の刑事手続への関与についての意見 - 日本弁護士連合会による意見書。刑事裁判と民事裁判の手続きの相違(証明の程度など)、当事者・争点・防御の負担の増加による訴訟遅延のおそれなどを理由に、附帯私訴制度は導入すべきでないと結論づけている。