飲中八仙
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飲中八仙(いんちゅう-はち/はっせん)は名数の一、また杜甫の詩『飲中八仙歌』の略。杜甫が八仙に因んで戯れに当代の名だたる酒客八人を選び、『飲中八仙歌』を作ったことに由来する。賀知章、汝陽王李璡、李適之、崔宗之、蘇晋、李白、張旭、焦遂の八人。
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[編集] 登場人物
[編集] 賀知章
- 賀知章、字は季真、四明狂客と号す。会稽の人。証聖初年進士に及第して、後に太子賓客、秘書監に至る。詩をよくして李白と交友があり、また草書と隷書に巧みであったという。無類の酒客にして脱俗の趣あり、後に官を辞して故郷に帰り道士となって八十六歳で没した。酔って馬に乗る姿は揺れる船に乗るかのようで、井戸に落ちてもそのまま眠り続けると歌う。
[編集] 汝陽王李璡
- 李璡は讓皇帝李憲の子。封ぜられて汝陽の王となる。太僕卿に至り釀王と号した。弓と鞨鼓に優れて玄宗はなはだしくこれを愛したと伝える。性謹直であったが無類の酒好きで、毎朝出仕の前に三斗の酒をあおり、途上、麹車に出会えば涎を流し、いっそ酒泉の王に封ぜられたかったと言ったと歌う。
[編集] 李適之
- 毎日、一万銭を費やし、大鯨が百の川の水を吸い込むがごとき飲みっぷりであって、清酒は飲むが濁酒は飲まない言うと歌う。
[編集] 崔宗之
- 美少年が杯を手に青空に白目をむけば、その輝かしさは美しい木が風に揺られるかのようと歌う。
[編集] 蘇晋
- 仏像の前で肉食はしないが、酔えば座禅などしていられないと歌う。
[編集] 李白
- 一斗の酒を飲めば百篇の詩が吐き出され、酒場で眠り、天子の召し出しがあっても「自分は酒飲み仙人」だとうそぶくと歌う。
- なお、日本の川柳に、これを踏まえた「李太白一合づつに詩を作り」「四日めにあき樽を売る李太白」といった句がある。
[編集] 張旭
- 三杯の酒で草書の達人と伝えられるが、王侯の前でも頭を剥き出しにして筆を揮い、その書は雲煙の湧きおこるかのようと歌う。
[編集] 焦遂
- 五斗の酒で意気上がり、気炎を吐いては周囲を驚かせると歌う。