香港ポップス
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香港ポップス(ほんこんぽっぷす)とは、広東語に於ける大衆音楽を示すが、広義的には香港で発表されている大衆音楽である。
1960年代以前、演奏される場所としての酒屋や演奏会などでは、英語や北京語などが推奨された。当時、祖·尊尼亞 (Joe Junior) や、黎愛蓮 (Irene Ryder)、泰迪羅賓 (Teddy Robin) 等の歌手が英語で重要な流行曲を歌っていたとされる。上流社会の欧米人が中心となっており、当時華人は社会的な地位が低かったので、経済的に余裕のある裕福層しか縁の無い物であった。
香港ポップスとしてメディアに登場したのは1960年代の香港映画が発祥で、香港映画が流通していた東南アジアにも強く影響を受け、著名な人物としては譚炳文や鄧寄塵、鄭君綿がよく映画のテーマ曲やBGMを歌った。
その後、1970年代の蓮花樂隊や許冠傑が潮流的な発祥となった。
1990年代では黎明(レオン・ライ)、郭富城(アーロン・クオック)、劉德華(アンディ・ラウ)、張學友(ジャッキー・チュン)の四大天王による寡占状態が続き、市場が比較的狭い香港では新人が上るという事は大変であった。また、日本では比較的香港映画としての影響からジャッキー・チェンが有名である。
以前では香港での流行曲は広東語が中心であったが、香港が返還される1997年前後から北京語に於ける曲が増え、割合的に広東語の曲が占る割合が以前より減っているのが現状である。