魚津市立大町小学校
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魚津市立大町小学校(うおづしりつおおまちしょうがっこう)は、富山県魚津市本町1丁目10番地39号にある小学校。
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[編集] 解説
- 魚津市の旧市街地のうちの大町地区を通学区域としている。市内で最も古い学校である。
[編集] 沿革
- 1873年、魚津第一番中学校として創立。長教寺を仮校舎とする。
- 1874年、明理小学校と改称。校舎を新川県庁跡に移す。達成小学校、明理夜学小学校を併設。同年秋、明理小学校を2校(男児および女児)に分ける(1879年に統合)。
- 1879年4月15日、魚津城跡に新校舎を新築。
- 1883年、町立の小学校となる。
- 1892年8月、魚津町立明理尋常高等小学校と改称。
- 1895年6月、魚津町立魚津尋常高等小学校と改称。
- 1909年1月8日、神明川以東の尋常科の児童を魚津尋常小学校(現在の魚津市立村木小学校)に移転。
- 1914年、魚津実科高等女学校を併設(一時期のみ)。8月、2階建ての木造校舎完成。
- 1935年、青年学校、女子補習学校、魚津実業学校などを併置。
- 1936年、校歌制定。
- 1941年4月1日、大町国民学校と改称。
- 1944年、東京から疎開してきた矢口、六郷の国民学校の生徒を受け入れる。
- 1947年、大町小学校と改称(一時期のみ魚津中学校(後に現在の魚津市立西部中学校に統合される)も併設)
- 1952年、魚津市の市制施行に伴い、魚津市立大町小学校と改称。
- 1955年、生徒の一部が魚津市立本江小学校に転校。
- 1966年、校庭の隅にあった愛宕神社を魚津神社境内に移転。
[編集] 周辺
[編集] 本校にゆかりのある人物
- 吉田忠雄(魚津尋常高等小学校高等科卒業。YKK創業者)
- 吉田久松(魚津尋常高等小学校高等科卒業。吉田忠雄とともにYKKを大企業に成長させる)
- 宇田新太郎(高等科卒業)
- 盛永俊太郎
- 川原田政太郎(高等科卒業)
[編集] 備考
魚津大火の際、本校の講堂(現在は存在しない)は救援物資の倉庫として使用されていた。また、被災した村木小学校の一部の児童に対して分散授業を行った。