黒田長久
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黒田 長久(くろだ ながひさ 1916年 - )は日本の鳥類学者。
侯爵で鳥類学者だった黒田長禮の息子。黒田長政から数えて福岡黒田家15代目の当主である。幼時より父に鳥への関心を育まれる。学習院高等科を経て、1937年、東京帝国大学理学部動物学科に入学し、鎌田武雄教授に師事。卒業後は外務省に入るも、半年で徴兵され、5年間を近衛師団で過ごす。1946年11月、GHQ水産局野外生物課長として日本に赴任した鳥類学者オースティンと出会い、1947年から2年半、オースティンのもとで技術顧問・通訳・翻訳者として勤務。
1951年、米軍第406医学総合研究所の鳥学課に転じ、鳥類学者マックルールのもとで、渡り鳥の持つ日本脳炎ウィルスの抗体調査をおこなう。1952年、山階鳥類研究所に入所。1953年、海鳥の研究で学位を取得。
横浜国立大学、広島大学、名古屋大学、北海道大学などで非常勤講師を務めた。1974年以降、身内に病気などの不幸が相次いだため、5年間休職し、看病などにあたる。
1980年、山階鳥類研究所に復帰。酵素を用いた鳥の遺伝学的系統分類をおこなう。2002年に山階鳥類研究所を退職。以後、山階鳥類研究所名誉所長。また1990年から2004年まで日本野鳥の会の会長を務めた。我孫子市鳥の博物館館長も務めた。他にも、父を継いで1978年から旧福岡・秋月藩領内の子弟の奨学団体黒田奨学会の総裁を務めている。
次男の黒田長高は、如水興産株式会社代表取締役。
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