アレクサンデル・セウェルス
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アレクサンデル・セウェルス(Marcus Aurelius Severus Alexander(マルクス・アウレリウス・セウェルス・アレクサンデル)、208年10月1日 - 235年3月18日?)は、ローマ帝国皇帝。在位は17年。バシアヌス・アレクシアヌス。
[編集] 略歴
祖母ユリア・メサの力によって、222年に従兄弟にあたる先帝ヘラガバルスの暗殺後に14歳で帝位につく。法学者ドミティウス・ウルピアヌスを登用し、安定した統治を行った。しかし、226年にユリア・メサが死去すると、ウルピアヌスが母マメアの圧力により失脚し、228年に謀殺された以降は精彩を欠いた。軍事的能力には恵まれていなかったと評され、232年ササン朝ペルシアの侵略に対してはかろうじて勝利したが、蛮族ゲルマン人対策で弱腰の対応を重ねたことが兵士らの不満を招き、母のマメアとともに殺害された。アレクサンデルの暗殺後はマクシミヌスが擁立され、ローマはセウェルス朝から軍人皇帝時代となる。
[編集] 参考文献
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