インクジェット
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インクジェットは、インクを微滴化し、直接に被印字媒体に吹き付けて印刷を行う方法のことである。オフセット印刷のように版下を作成する必要が無く、複写機やレーザープリンタなどで使用されている電子写真方式のような加熱定着処理も不要で、機構が単純である特徴をもつ。また色当たりのコストも他の印刷方法と比べて低く抑えることができる。このため6色、7色や10色を越えるものなど多色刷りの実現も比較的容易である。
オンデマンド方式の小型プリンタが登場した1980年代から1990年代は、熱転写プリンタなどと競合状態にあった。近年は画素の高密度化や印刷速度の向上が急速に進み、家庭用の写真プリンタやオフィス用プリンタ、大型ポスター用のプリンタとしても広く応用されている。またスキャナやファクシミリ等の機能を併せ持つインクジェット複合機(MFP:Multi Function Printer)も2001年頃から急速に普及してきている。さらに紙等への印刷以外の技術にも応用が期待されている。
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[編集] 開発史
インクジェットプリンタの歴史は、ケルヴィンが1867年にインク滴に対する荷電実験を行ったことが起源とされる。1879年にレーリーがコンティニュアス型の基本となる液滴生成理論を発表している。本格的な研究の取り組みは1950年代からで、当時西ドイツのシーメンスが液圧搬送、ノズル吐出のコンティニュアス型のプリンタの特許が公開された。
1970年代からより実用的なオンデマンド型のインクジェットの研究が進められた。当初はピエゾ素子(圧電素子)を用いたピエゾ方式が研究されるようになった。さらに1984年にキヤノンがバブルジェット(サーマル方式))をBJ-80として商品化。その後、ヒューレットパッカード社がインクジェットのカートリッジ化を行った。またセイコー・エプソンよりピエゾジェット式のプリンタが登場した。
1990年以降、小型プリンタとしてシェアを拡大し、2005年現在ではパソコン用のプリンター出荷台数の2/3以上がインクジェット方式となっている。
[編集] 基本分類
インクジェットプリンタの分類としては、コンティニュアス型とオンデマンド型に分けられる。現在実用されているもので小型プリンタとして主流となっているのはオンデマンド型で、サーマル方式とピエゾ方式の2つである。
[編集] コンティニュアス型
ポンプによってノズルから連続的に押し出されたインキは超音波発信器によって微小な液滴になる。インキ滴は電極によって電荷を加えられ、印字の必要に応じて偏向電極で軌道を曲げられて紙面の印字面に到達する。偏向電極で曲げられなかったインキはガターと呼ばれるインキ回収口に吸い込まれ、インキタンクに戻り再利用される。印刷していないときもインキは常に連続的に噴射されているのでコンティニュアス型または連続吐出型と呼ばれる。
ポンプによる高い圧力でインキを押し出すので高粘度のインキが使用でき、また連続的にインキを押し出すことから乾燥の速いインキも使用できるなど、インキの選択幅が広い。さらに超音波振動で作られるインキ滴は毎秒100滴以上で生成することが可能であり高速であるが、構造が大がかりで小型化が難しくマルチヘッド化も困難であるなどの欠点から家庭用のプリンタとしては使用されておらず、工業用のマーカー(生産ラインで部品に製造番号などを記入する)として利用されている。
[編集] オンデマンド型
印字時に必要なときに必要な量のインク滴を吐出する方式である。吐出後のインク供給には毛管現象を利用しているため、高粘度のインキは使えない。インキ滴の生成速度が毎秒10滴程度であるなどの欠点があるが、構造が簡単で小型化やマルチヘッド化がしやすいなどの長所がある。家庭用のプリンタはほぼすべてオンデマンド型である。
オンデマンド型はインク滴に圧力を加える方法により、ピエゾ方式・サーマル方式・静電方式に分けられる。
[編集] サーマル方式
サーマル方式とは、加熱により管内のインクに気泡を発生させてインクを噴射する方式のことである。サーマルジェット方式では、インクの詰まった微細管の一部にヒータを取り付け、このヒータを瞬時に加熱することで、インク内に気泡を発生させて、インクを噴出させる。加熱に使用するヒータは抵抗加熱、誘導加熱などが考えられる。
基本原理は、キヤノンの中央研究所で1970年代半ばに、偶然見つかった現象に由来する。この時、液体の詰まった注射針に半田ごてが触れたとき、針先から液体が飛び出した。キヤノンではこの現象を解析し、これをヒントに研究開発が進められた。
1985年に世界初のサーマルジェットプリンタの'BJ-80'がキヤノンより発売された。キヤノンでは自社のサーマルジェット方式を「バブルジェット」と呼んでいる。ヒューレットパッカード、富士ゼロックス、レックスマークなどでもサーマルジェット方式のインクジェットプリンタの開発および販売が行われている。
サーマル方式の長所は以下の通りである。
- ヘッド構造が比較的単純
- 物理的機構が少なく印刷速度の高速化や印字画素の高密度化が図り易い。
一方で、サーマルジェット方式の短所は以下の通りである。
- 熱をインクに加えるため熱劣化の少ないインクが必要となる。
- 同一の噴出穴でインク噴出量を調整するのが難しい。実際多くのプリンタで高速印字用の大液滴噴出穴と、写真印刷などに用いる小液滴噴出穴を並べている。
- ヘッドの寿命が短く、プリンタの場合ユーザーによる交換が必要となることが多い。
[編集] ピエゾ方式
ピエゾ方式とは、電圧を加えると変形するピエゾ素子(圧電素子)を使ったインクジェット方式のことである。ピエゾ素子をインクの詰まった微細管に取り付け、このピエゾ素子に電圧を加えて、変形させることでインクを管外へと噴出させる。
前述のように1970年代に入ってから研究がなされていた。モノクロで低解像度のものとしては、電卓用プリンタなどとして商品化されたこともあった。しかし、ページプリンタとしての応用としては以下に示した短所の克服に時間がかかったため出遅れた。
セイコーエプソンが1990年代にピエゾ素子を複数に重ねて使用した「マッハジェット」が登場。カラー高画質化にいち早く成功し、マーケットでの地位も確保した。CADや大判用プリンタとしては、ローランドなどでも採用されている。また、サーマル方式では難しい高粘度・速乾燥性のインクを使用できるメリットを生かしてリコー(GELJET)でも採用されている。
ピエゾ素子によるインクジェット方式の長所は以下の通りである。
- ピエゾの変形量そのものを電圧制御することでインク噴出量を比較的簡単に制御できる。
- 加熱しないためサーマルジェットに比べて幅広いインクに対応可能である。
またピエゾ素子によるインクジェット方式の短所は以下の通りである。
- インク内に気泡が混じると目詰まりが生じ易い。
- ドット毎にピエゾ素子を用意するためヘッド構造が複雑である。
- ピエゾ素子を小型化するとインクを押し出すために必要な体積変化が得られにくい。
[編集] オンデマンド型のヘッド構造
上述のインク塗布の機構を集積したものを「プリントヘッド」(または単にヘッド)と呼ぶ。ヘッドには複数のインクノズルが作りこまれており、インクカートリッジ内のインクタンクから供給されたインクを塗布する。プリンタの機構で紙などの被印字媒体を動かし、その印字媒体の動く方向と鉛直方向にプリンタヘッドを動作させて印字を行う「シリアルヘッド方式」が一般的である。また比較的長いプリンタヘッドを固定して、被印字媒体の動きだけで印刷を行う「ラインヘッド方式」もある。
インクヘッド製造時には、インクの流路など半導体露光装置(ステッパ)を使って作りこむことが行われる。またインクノズル部分はエキシマレーザによって加工される場合もある。
インクジェットプリンタでの高密度画素印刷は、このプリントヘッドの高精度の制御が要求される。例えば、1200dpiの解像度の印刷を行うためには、1つの画素を20μmで塗布する必要がある。この場合、一滴のインクの量は数pl程度であり、さらにプリントヘッドを500mm/secで移動させながら20μmで画素印字するには1秒あたり25,000発のインクの噴出が必要となる。当然カラー印刷の場合では色数(通常4色から7色)分の同じ場所に重ね合わせて噴出する技術が必要である。
また、プリントヘッド動作と被印字媒体送りの同期制御や、色毎に塗布位置が若干ずれても目立たないような画像処理を予め行うなどのプリンタ周辺技術も高度なものが求められる。
[編集] インク
インクジェットプリンタでの印刷に使用されるインクは、オンデマンド型プリンタでは、ほぼ水溶性インクが使用されている。これは主に「染料系」と「顔料系」の2系統に分けられる。
[編集] 色インク
インクジェットプリンタでカラー印刷を行う場合は、マゼンダ(M)・シアン(C)・イエロー(Y)を混ぜて他の色を表現する減色法(減色混合)が使われる。黒色は、この三色を混ぜることで理論的には表現できるが、完全な黒色にすることは難しく、また三色のインクを同時に使用することはインク使用量を増やす結果ととなるため、黒色表現のためのブラック(B)インクを搭載している。
通常は上の4色のインクで表現できるが、発光色などを表現するなど色空間を広くするために、追加のインクを搭載する高級機種がある。
[編集] 染料系インク
染料系インクは、初期のインクジェットプリンタに採用され、現在でもインクジェットプリンタ用のインクとして広く普及しているものある。文字通り、被印字媒体に対して色素を染み込ませて色をつける。染料系インクの長所は以下の通りである。
- 色再現性が高い
- 光沢が出易い
また短所は以下の通りである。
- 耐水性が低い
- 水に濡らすとニジミが発生しやすい
- 耐光性が低い
- 太陽光などが長時間当たると色あせしやすい
特に耐水性の低さは、水性マーカーペンで印字物をなぞるだけで滲みを発生させ、インクジェットプリンタの欠点として大きく取り上げられた場合もあった。
最近では、ニジミを防止するため透明のコート材を予め塗布し、その上から染料インクを塗布することで、インク着弾時の広がりを抑えニジミの無い高品位の印刷を可能にするプリンタも登場している。
[編集] 顔料系インク
顔料系インクは、インクの色素が被印字媒体表面に固着して色をつけるタイプのインクである。顔料系インクの特徴は以下の通りである。
- 耐水性が高い
- 耐光性が高い
一方で短所は以下の通りである。
- 耐摩擦性が低い
- こすると色落ちしやすい
- 溶液としての安定性が悪い
- 粒子であるため比較的ノズルの目詰まりを起こしやすい
- 光沢が出にくい
[編集] その他のインク
水溶性インクは紙や布などの液体を吸収する素材に対して有効であり、金属やプラスチックなどの媒体には印刷できない。これらの素材で使用されるインクジェットプリンタには、油性インクが用いられる。さらには加熱して溶融状態で塗布するソリッドインク、インク着弾時に紫外線や電子線など電磁波を照射してインクを固まらせるUV硬化インクなども存在する。
[編集] インクジェットプリンタ用紙
インクジェットプリンタの被印字媒体は主に紙であるが、特に主流である染料系インクを使用した場合、普通紙ではニジミが発生する。またインクが裏側まで染みぬける現象(裏抜け)が発生する場合もある。
このため、高品位な印刷結果を得るためには、いわゆる専用紙が存在する。専用紙には、コート紙、光沢紙などが使われる。
[編集] コート紙
詳しくはコート紙を参照のこと'
コート紙は、普通紙の上にインクを吸収し固着させることでニジミの出にくいコート層を形成した用紙である。インクジェットプリンタ用のコート紙では、主に高分子系のコート層か、多孔性微粒子系のコート層が使われる。
[編集] 光沢紙
基本的にはコート紙と同じ構造であるが、画像の光沢が出易い印画紙やフィルムの上にコート層を設けた紙のことである。
[編集] 応用技術
インクジェットプリンタの非接触で微小液滴を正確に着地させることができる特徴を生かし、さまざまな応用が研究されている。
[編集] 捺染装置
従来、布地に模様をつけるには、異なる色で染色した糸の組み合わせるか、色づけした糸で布地に刺繍を施すかという方法、布地の部分染めによる捺染(なせん)などがあった。
近年、捺染を印刷技術で行うようになった。インクジェットプリンタの発達により布地に直接染料を吹き付けることが可能になった。インクジェットプリンタを利用した捺染は、織飾や刺繍では困難であった微細な模様付けが低コストで可能になった。
[編集] 回路基板製造
従来、電気回路基板の回路パターンの生成には写真の現像技術が長く使用されてきたが、インクジェットの技術を使い、回路上に直接回路パターンを印字できる可能性がでてきた。2004年11月にセイコーエプソンがインクジェット技術を利用し、20層の積層回路基板の開発に成功したことを発表している。
[編集] DNAチップ
詳しくはDNAマイクロアレイを参照のこと
インクジェットプリンタは、極めて精度が高く微小領域に微小液体を吹き付けることができるため、DNAチップへの応用が期待できる。具体的には、DNAを溶かした溶液をインクジェットプリンタから検査試薬を塗布したDNAチップへ吹き付ける方法である。
[編集] ディスプレイ装置
FEDや有機ELディスプレイなどのディスプレイ装置の製造では、発光体を基盤上に均一に塗装する必要がある。ここにインクジェットプリンタの技術を応用する。プリンタのメーカーがディスプレイのメーカーと協力し、これら新世代ディスプレイの実用化に向けて研究・開発を行っている。(キヤノンと東芝によるSEDなど)
[編集] その他
接触せずに印刷が可能であることから紙以外や立体物への印刷も模索されている。また造形用途として、セラミックを噴き付けることによる三次元造形物(人工骨など)の作製などへの応用も考えられている。
[編集] 特許技術を有する主な企業
パソコン用のインクジェットプリンターで世界シェアのトップを占めるヒューレット・パッカード(アメリカ)の他、日本企業も周辺技術も合わせて多くの特許を取得している。
[編集] インクジェットプリンタの市場規模
以下にインクジェットプリンタの市場規模の表を示す[1]。
年 | インクジェットプリンタ・SFP(世界市場、台数) | インクジェット複合機・MFP(世界市場、台数) | インクジェットプリンタ・SFP(日本市場、台数) | インクジェット複合機・MFP(日本市場、台数) |
---|---|---|---|---|
1999年 | 51,232,000 | 統計なし | 4,689,000 | 統計なし |
2000年 | 63,690,000 | 統計なし | 6,414,000 | 統計なし |
2001年 | 60,590,000 | 統計なし | 6,104,000 | 統計なし |
2002年 | 58,200,000 | 10,700,000 | 5,545,000 | 500,000 |
2003年 | 55,706,000 | 25,500,000 | 5,043,000 | 1,400,000 |
2004年 | 51,616,000 | 38,100,000 | 4,192,000 | 2,200,000 |
[編集] 互換カートリッジ問題
インクジェットプリンタの製造者は、プリンタ本体の利益率を抑え、消耗品であるインクカートリッジの販売で高い利益を生み出すビジネスモデルを採用している(消耗品ビジネス)。これに対してインクカートリッジを正規メーカ品より安い価格で販売する互換インクカートリッジメーカが存在する。
正規メーカは、プリンタヘッド機構やインク組成などを特許出願して、互換インクカートリッジの排除を行っている他、消費者にもヘッド機構などの故障の原因になるとして互換インクカートリッジを使用しないよう呼びかけている(互換カートリッジメーカが純正インクと互換インクとが混合した時の化学反応やヘッド機構の耐久性試験などを行なうことは実質的に不可能であり、また粗悪なインクを使用する互換カートリッジメーカーもゼロでは無いことから、故障のリスクは存在する)。 一方、互換カートリッジメーカは低価格と正規メーカのカートリッジにインクを再充てんすることによるリサイクル(低環境負荷)を消費者に訴えている(最近は正規メーカーが使用済みのインクタンクを回収し、それに正規インクを再充てんして低環境負荷の製品を販売することも行われだしており、正規メーカーのものを使用することイコール環境負荷大ではない)。一部、正規メーカと互換カートリッジメーカで訴訟にまで持ち込まれるケースも多い。
[編集] 注釈
[編集] 参考文献
- 特許庁『平成16年度特許出願技術動向調査報告書』
- 『』